指紋や目の虹彩、血液型、DNAといった生体情報。対テロ戦争最前線のアフガン、パキスタンから、北朝鮮、米国に至るまで、テロ容疑者から政府高官までが紛れ込んだ雑多な市民の情報をめぐって、ひそかに争奪戦が展開されている。

アフガンで200万人の生体情報

 第1話は、アフガニスタン国民の情報。米軍は2014年、治安権限をアフガニスタン側に移譲する計画で、それに備えテロ容疑者が混ざる国民の生体情報を大量に集積している。
 ニューヨーク・タイムズ紙によると、その数はこれまでで約200万人分。推定約2900万人のアフガン人口の7%弱に上る。
 データは、写真、指紋、虹彩などの情報。陸軍の「生体情報特別チーム」が情報収集を開始したのは2007年。最初は戦場で遭遇したアフガン人や米軍の求人に応募した人たちから集めた。現在は、首都のカブール国際空港への離発着客、さらに8カ所の国境検問所を通過する人たちの生体情報を、米軍の訓練を受けたアフガン人係官が収集している。
 こうして集めた生体情報は、米軍だけでなく、コンピューターネットワークで米司法省、国土安全保障省、在アフガン米大使館、さらにアフガン内務省およびアフガン情報機関「国家治安総局」にも伝えられ、両国の各機関が共有するシステムになっている。
 次の段階では、1人ひとりの生体情報を記録した「国民IDカード」を配布する計画。
 個人情報はテロ容疑の程度に従って、「監視リスト」1から4まで分類される。生体情報を使って逮捕された容疑者は2007年以降、監視リスト1および2に掲載されていた約3000人に上るという。
 だが、隣国パキスタンでは奇妙な事件が表面化した。
 パキスタンは世界第2位のポリオ(小児まひ)感染国。日本は、ゲイツ財団との協力でポリオ対策にと50億円の借款供与を決めた。野田佳彦首相はビル・ゲイツ氏と会談した。
 しかし、ポリオワクチンの投与計画は大きな障害に直面した。ワクチンは「ブタから製造したので反イスラムだ」「悪魔の尿から作られた」といった噂が広がり、多くの市民が接種を拒否したというのだ。
 実はその伏線に、2011年5月のオサマ・ビンラディン隠れ家急襲事件の前に起きた、米中央情報局(CIA)の情報作戦があった。
 CIAは隠れ家にビンラディンがいることを確認するため、パキスタン人医師を使って隠れ家周辺一帯で無料でB型肝炎ワクチン投与作戦を展開したのである。看護師が隠れ家に入って、ビンラディンの子どもに接種し、同時に血液も採取し、2010年ボストンで死亡したビンラディンの姉のDNAと比較する作戦だったが、作戦が成功したかどうかは不明。
 だが、その事実が英紙にすっぱ抜かれ、協力したパキスタン人医師シャキール・アフリディ氏が三軍統合情報総局(ISI)に逮捕され、秘密作戦が明るみに出る事態になった。
 生体情報の収集は市民の協力がないとできないが、弱い立場の人たちは協力せざるをえない。訪米する日本国民は既に、指紋など日本の司法当局も把握していない生体情報を米側に握られている。

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