なぜ政治塾が流行るのか

執筆者:宇野重規2012年7月17日

 政権交代への失望、原発事故対応への不信、繰り返される政争・政局への疲れ――。自分たちの意図や実情とはズレたところで展開される「政治」に、人々の不満が鬱積し、あきらめや無関心が横行しているように見えます。しかしいくら政治を否定してみても、政治の役割がなくなるわけではありません。私たちは政治の意味をもう一度考えてみるべきではないでしょうか。宇野重規さんは以前、本サイトの記事「『政治』を再定義するために」の中で、次のように指摘しています。

 おそらく、私たちはいま一度、「政治」とは何なのかを問い直す必要があるのだろう。それも問題が起きているまさにその「現場」や、あるいは私たちの日々の実感や手の届く「日常」から、政治の意味を再定義しなければならない。

 この連載では、素朴な「政治への疑問」から政治の諸問題や現在起きている様々な現象について考え、政治の意味を再定義するためのヒントを探っていきます。
 会員の皆様からも「政治への疑問」を募集します(フォームは
こちら)。お寄せいただいた内容は、連載の参考にさせていただきます。(編集部)


質問 「政治塾がたくさんできているのはなぜでしょうか?」


 たしかにこのところ、政治塾の話をよく聞きますね。橋下徹大阪市長による「維新政治塾」や、嘉田由紀子滋賀県知事による「未来政治塾」が最近話題になりました。にわかに多くの政治家が政治塾設立に乗り出していますが、これらのほとんどは新たな政治家養成をその目的に掲げています。実際、受講希望者も多いようですし、こんなに政治家志望の人がいたのかと、少し驚くほどです。
 もちろん、その先駆となったのは松下政経塾であり、野田佳彦首相をはじめ、現在の民主党政権の首脳に多くの人材を輩出したことで知られています。そのなかには、政治改革で話題になった1993年の衆議院選挙で当選した人が多く、それから20年近くたって、政界の主役の座に躍り出たというわけです。この松下政経塾をひとつの成功事例として、「それなら自分も」という人が出てきていることは間違いないでしょう(もっとも、これを「成功事例」と呼ぶことに抵抗のある人もいるでしょうが……)。

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