民主主義を疑ったメンケンのジャーナリズム

執筆者:会田弘継2006年1月号

 アメリカのジャーナリズムはどうなってしまったのだろうか。そう考え込まされるような出来事がこのところ相次いでいる。 核や生物・化学兵器の拡散問題に詳しいニューヨーク・タイムズの花形女性記者ジュディス・ミラーが、ブッシュ政権高官らによる対イラク開戦ムードづくりの世論操作に利用されていた疑いが強まり、十一月事実上の退職勧告を受けて辞職した。 ミラー記者は、ホワイトハウス高官(既に辞任)が中央情報局(CIA)女性工作員の名前を違法に外部に漏らしたとされる事件で、名前を耳打ちされた一人だった。捜査当局の取り調べに「ニュースの出元は絶対明かさない」という原則を収監されても守り抜き、ついこの間までは「報道の自由」を守ったヒロインとして持ち上げられていた。世は有為転変だ。 高官に名前を明かされたためCIA工作員としての命を絶たれた女性の夫は外交官で、対イラク開戦の不当性を早くから指摘していた。高官は「イラク戦争批判封じ」の嫌がらせにミラー記者を利用しようとしたわけだ。その高官は対イラク開戦の急先鋒だったタカ派で、対イラク開戦前ミラー記者に大量破壊兵器に関する「特ダネ情報」も漏らしていた。 ニューヨーク・タイムズはミラー記者の「特ダネ」を有り難がって掲載し、世論は挙げて「イラク怖し」のムードを煽られたが、結局そんな兵器は実在しなかった。情けない顛末だ。裏にはタカ派高官やその後ろ盾だったチェイニー副大統領とCIAの確執も見て取れた。

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