塩野七生の『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』(新潮文庫)を読んだのは高校生の頃だから、この著者と(一方的に)邂逅してから四半世紀を経る。多くの読者も長年のつき合いであろう。その塩野の超大作『ローマ人の物語』も、いよいよ終盤にさしかかっている。 本書『キリストの勝利――ローマ人の物語XIV』の主な登場人物は三人である。大帝と称されたコンスタンティヌスの死後、例によって凄惨な権力闘争に勝ち抜いて帝位を継いだコンスタンティウス、その後継者で、しばしば「背教者」と呼ばれるユリアヌス、そして、キリスト教の国教化に寄与したミラノ司教アンブロシウスである。 この三者の関係は弁証法である。父帝同様にキリスト教を統治に利用しつつ、キリスト教に帰依したコンスタンティウスが「正」、これに対してキリスト教をその他の宗教との関係で相対化しようとしたユリアヌスが「反」、そして、テオドシウス帝を利用して異教と異端を弾圧し、帝国におけるキリスト教(カトリック)の地位を確固たるものにしたアンブロシウスが「合」というわけである。とすれば、本書の真の主人公はこの三人ではなく、キリスト教、あるいはイエス・キリストだと得心がいこう。

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