貞さんから受け継いだもの(下)

執筆者:六車由実2014年3月9日

 村松さんからの第2報が届いたのは、帰りの送迎も無事終えた頃だった。検査の結果、右大腿骨頸部を骨折していることがわかったが、心臓疾患があるため手術はできない、したがって入院もさせられないということになり、直ちに搬送先である公立病院を出なければならなくなったという。とはいえ、今の状態では独り暮らしの市営アパートに戻すこともできないし、かといって6人いる子供たちはいずれも様々な家庭の事情を抱えていて貞さんを引き取ることができない。村松さんが掛け合って、公立病院の地域連携室の担当者が受け入れ先を探してくれることになったが、年末年始の休業が迫っているためか、どこも満床を理由に受け入れを拒否。漸く受け入れ先として見つかったのが、隣町の療養型の老人病院だったのだそうだ。貞さんはその老人病院に運ばれ入院したと村松さんは教えてくれた。

 

病院へ

 だが、受話器の向こうから聞こえる村松さんの声は曇っていた。その理由は私にはすぐに理解できた。貞さんが入院した療養型の老人病院は、医療機関での急性期の治療が終了したために、あるいは必要がないと判断されたためにそれ以上の入院の継続ができなくなり、自宅にも帰れず、介護施設にも入れずにどこにも行き場のなくなった高齢者が最終的に行きつく場所として、この地域では有名だったのだ。行き場のなくなった高齢者を受け入れてくれるということでは、独り暮らしであったり、家族が同居困難であったりして在宅生活が困難になった高齢者を救済する機関としての役割を担っているとも言えるが、老人病院への入院は療養を目的に長期におよぶ。刺激がほとんどないなかでの入院生活により高齢者は心身機能も廃用化し、退院して元の在宅生活を送れるようになる可能性は極めて低くなる。必然的に寝たきりになって、そのまま亡くなることも多いのである。それは、この老人病院の、あるいはこの地域のだけの問題というよりも、高齢化の進んだあらゆる地域が直面する現実だと言えるだろう。

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