新政府発足のイラクを揺るがす地殻変動

執筆者:柳沢亨之2006年7月号

ようやく安定への道を歩み始めたかのようにみえるイラク。だが、米国・イラン関係など「四つの変動」が、混乱をむしろ拡大させている。[カイロ発]本格政府を樹立したばかりのイラクで、風雲急を告げる南部バスラの情勢が内外指導者の懸念を集めている。英国のブレア首相は新政府発足から二日後の五月二十二日、ヌーリ・マリキ新首相と会談し、バスラの治安対策について「非常に緊密な」連携を取ることで合意した。一方、イランのモッタキ外相も二十六日、イラクのゼバリ外相とバスラ情勢を協議。マリキ首相は三十一日、バスラに非常事態令を発令した。バスラが焦点となった意味は 旧フセイン政権崩壊から三年間、イラクで「治安対策」と言えば、イスラム教スンニ派武装勢力の牙城である中部三県や首都バグダッドを対象にするのが常識だった。なぜ今、「バスラ」なのか。旧フセイン政権下の元情報将校は、バスラが「イランと米英両国情報機関の戦場」になりつつあるからだ、と解説する。 イランと米英はイランの核開発や中東和平を巡り、世界を巻き込み対立を深めている。それだけに両者の緊張がそのまま混迷のイラクに持ち込まれたとすれば由々しき事態だ。 イラク第二の都市バスラは、米軍に次ぐ兵員規模(八千人)を有するイラク駐留英軍の最大拠点だ。一方、同市はイスラム教シーア派信徒が圧倒的に多く、シーア派国家イランとの国境地帯にある。当然、イランの強い影響下にある。米英両国とイランはこれまでイラクに限っては、旧政権の支配政党、バース党関係者の放逐やスンニ派武装勢力掃討、政治プロセス支援など多くの利害を共有し、衝突を避けてきた。バスラの安定は、その象徴だった。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。