北朝鮮の全秉浩(チョン・ビョンホ)元朝鮮労働党書記が7月7日急性心筋梗塞のため死去、彼の核・ミサイル開発への貢献に敬意を表して、10日に平壌で国葬が営まれた。享年88歳。金正恩(キム・ジョンウン)第1書記を委員長とする国家葬儀委員会が設置され、金永南(キム・ヨンナム)最高人民会議常任委員長や黄炳瑞(ファン・ビョンソ)朝鮮人民軍総政治局長らが参列した。

「訃告」では全氏が「国防工業部門の重要な職責を歴任し、軍を最精鋭の革命強軍に、祖国を人工衛星製作・打ち上げ国、核保有国とする上で特別な貢献をした」と称賛した。まさに、北朝鮮の 「核の父」と呼べるほどの存在だった。

 米財務省は、彼と彼が率いた第2経済委員会を制裁対象として監視してきた。欧米、中東、南アジアの情報機関が注目したのは、彼がイラン、シリアはもとより、ミャンマーにまで核技術の拡散を図ったことだった。

 

カーン博士の隣家で起きた謎の殺人

 パキスタンが初の核実験に成功した10日後の1998年6月7日。首都イスラマバード北部にある壮大な「ファイサル・モスク」に近い高級住宅街E7地区で殺人事件が起きた。

 被害者は北朝鮮外交官カン・テユン氏の夫人キム・サナエさん。翌日地元紙に小さく報じられ、「ガードマンの銃が暴発した」ためとされた。事件はすぐ忘れられた。

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