「巨大化」のためのM&Aが企業経営を狂わせる

執筆者:五十嵐卓2006年10月号

毎日のように伝えられるM&Aのニュース。企業にとっては目をそらすことのできない現実であり、これからの経営に欠かせない戦略でもある。だが「規模の競争」へと向かうM&Aに意味があるのか―― ひとつの失敗が百の成功よりも、物事の本質をはっきりと照らし出すことがある。この夏、日本の産業界に大きな衝撃を与えた王子製紙の北越製紙に対する敵対的TOB(株式公開買い付け)の失敗はまさにその典型だった。王子の経営陣が意図せずに白日のもとにさらけ出したのは、今、世界経済に津波のように押し寄せているM&A(合併・買収)ブームの空虚な実態であり、それがもたらす負の側面だ。 王子のTOB宣言は「日本で初めて、まともな会社がまともな会社に仕掛けたまともなTOB」と一部で評価された。確かに長年、製紙業界のトップに君臨してきた名門企業、王子が守りの姿勢を捨て、積極的な行動に出たことは拍手に価するだろう。業界内では中位企業とはいえ生産効率で業界トップクラスの北越を吸収することで、王子は競争力を高め、グローバル競争に打ってでる体制を築くこともできる。 だが、華やかな宣伝文句の裏にある事実を冷静にみれば今回のM&Aの実態はまったく異なることがわかる。王子製紙は、単独で非効率な工場のスクラップ・アンド・ビルドを進め生産性を高めようというのではなく、懸命の自助努力で競争力をつけた北越を買収して済ませようとしていたからだ。印刷・情報用紙の工場別の生産性ランキングでは北越の新潟工場が圧倒的なトップ、王子は米子工場が第三位に食い込んでいるものの、一人当たり生産量では新潟工場より二六%も劣る。王子の富岡工場、春日井工場に至っては四〇%も低い水準だ。王子にとって北越へのM&Aは生産性向上の“ファーストフード”だったのだ。

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