奈良に春を呼ぶ祭りにお水取りがある。正式には「修二会(しゅにえ)」と呼び、旧暦2月に、国家安泰と人々の幸福を祈願する。二月堂の舞台でくり広げられる「お松明(おたいまつ)」が有名だが、本当のクライマックスは、若狭(福井県)から送られた水(お香水)を二月堂の眼下にある閼伽井(あかい)で汲み上げ内陣に納める「お水取り」だ。天平勝宝4年(752)から今日に至るまで1度も絶えることなく続けられてきた、東大寺を代表する大切な法会(法要)である。純粋な仏教の教義では説明不可能な行法もあり、謎めいている。また、それぞれの行事がドラマチックで荘厳、芸術的だから、観る者を惹きつける。「水取りや氷(籠り)の僧の沓(くつ)の音」の芭蕉の句が、すべてを物語っている。修二会には、音楽性もあるのだ。

 ところで、東大寺境内には二月堂・三月堂(法華堂)・四月堂(三昧堂)があるのに、なぜ正月堂がないのだろう。それぞれのお堂で、旧暦の2月、3月、4月に修二会などの法会が営まれるのだから、修正会(しゅしょうえ)を執り行う正月堂があってもおかしくはない。

 じつは、あるのだ。京都に……。それが笠置山の東大寺の末寺・笠置寺(京都府相楽郡笠置町)で、ここに正月堂が存在し、修二会もここで始まったようだ。

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