世界を丸ごと見せるグーグル・アースの衝撃

執筆者:徳岡孝夫2007年5月号

 城の裏手、落ち葉が厚く積もって昼なお暗い木立ちの中に、使う者のない古井戸がある。雨の夜に敢えて近寄れば、鬼哭啾々なにごとかを訴える呻きが聞える。山本勘介が生きていた頃の話で、生ける者が語ると聞えるのは、城が成るや井戸に投じられた棟梁、大工らの亡霊の放つ呪いである。彼らは城内の迷路、抜け道の在処に通じるがため、ことごとく殺された。 現代の丸ビルは、東京駅丸ノ内口を出てすぐに、三十七階建ての威容を誇っている。その三十六階に、名のある和洋の料理店が何軒も入っている。丸ビルと言えば老人も間違いようがないから、よく同窓会に使われる。昼食時の行列が解消した後、夕食の客が押しかける前だから、店の方も都合がいい。 広い窓がある。西日が強く射す季節は別だが、それ以外はブラインドが半開きになっていて、そこに「この窓からの写真撮影はご遠慮ください」と、小さい貼り紙がしてある。 同窓会でほろ酔いになった元子供たちは見咎め、改めて窓外を眺め「あ、皇居か」と呟く。例外なしに鞄からいったん納ったカメラを取り出し、皇居の方向をパチリとやる。私はかねてから、貼り紙は「皇后さまのお散歩が見えるかもしれません」と広告を出すのと同じだと思っている。

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