それは、およそ一国の総理らしからぬ哀願調の演説だった。「私たちに力を与えてください。どうかこの参院選挙で力を与えてください。どうか皆さん、力を与えてください。私たちは言ったことは必ず実行してまいります。成長か停滞か、改革か逆行か。私たちは負けるわけにはいかないんです。どうかこの選挙、勝たせてください」 参議院選挙公示翌日の七月十三日夕、秋田県能代市の目抜き通りで街頭演説した安倍晋三首相は聴衆に向かって「どうか力を……」と繰り返した。すがるような眼差しで声を限りに叫ぶ姿は神に祈っているようでもあった。 聴衆の数は自民党発表で三千五百人。地方都市にしてはまずまずの数字だったが、反応は今ひとつだった。二年前の郵政選挙。小泉純一郎前首相は行く先々で「純ちゃーん」という黄色い声に迎えられた。「ガンバレー」という野太い声も上がった。安倍首相の遊説には拍手はあっても、その歓声がない。首相に対する冷めた空気が漂っていた。 マイナス要因が年金記録不備問題だけだったとすれば、七月十二日の公示の時点で、逆風は多少和らいでいたかもしれない。二十四時間電話相談の回線増設や各市町村での臨時相談窓口の設置、あるいは証明書類を持っていない人を救済するための第三者委員会、問題発生の経緯を検証し責任を追及する検証委員会の発足など、「やれることはすべてやる」との首相方針に基づき、次々に打ち出された対策が世論の反発を沈静化させつつあったのは確かだった。内閣支持率も六月下旬には下げ止まり傾向を示していた。

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