先の記事(「『領有』へ1歩踏み出した中国:尖閣『接続水域』進入」)で、中国海軍による6月9日の尖閣諸島接続水域進入事案と、6月15日、16日に発生した鹿児島県口永良部島海域の領海侵犯および沖縄県北大東島接続水域進入事案とは意味合いが違う、ということを述べた。後者の2事案については、尖閣諸島の領有権関連ではなく、むしろアメリカなど各国が中国に対して突き付けている「航行の自由」への挑戦、と見るべきものである。

「南シナ海」をめぐり深まる米中「対立」

 中国の南シナ海での行動に対し、国際社会は様々な場で批判を加えてきた。近いところでは今年4月、G7外相会議が「海洋安全保障に関するG7外相声明」を発表し、その中で「我々は、現状を変更し緊張を高め得るあらゆる威嚇的、威圧的又は挑発的な一方的行動に対し、強い反対を表明するとともに、すべての国に対し、大規模なものを含む埋立て、拠点構築及びその軍事目的での利用といった行動を自制し、航行及び上空飛行の自由の原則を含む国際法に従って行動するよう要求する」と、名指しではないものの中国を牽制。5月26、27日の伊勢志摩サミットでの首脳宣言でも、外相声明を「支持する」という形で釘を刺した。
 その後、米中の対立が深まってゆく。6月3日から3日間の日程で、シンガポールで開かれたアジア安全保障会議(シャングリラダイアログ)でも、中心議題は中国の南シナ海進出だったが、会議に参加したカーター米国防長官はスピーチで「南シナ海において中国は膨張し、過去に前例のない行動に出ている」「中国の南シナ海における行動は、孤立している」「いまの行動を続けるなら、中国は孤立した万里の長城を築いて終わるだろう」と、中国を強い調子で非難した。
 これに対し、同じく会議に参加していた中国の孫建国・副参謀長は「中国と周辺国の長年の努力によって、南シナ海は安定していて、航行の自由に一切の影響はない」「某国が南シナ海で『航行の自由作戦』と称して、公然と武力行使している」「中国は自国の主権と安全の侵犯を許さないし、少数の国家が南シナ海を攪乱するのを座視することもない」と、アメリカを念頭に置いて応酬した。
 しかし、中国はさらに追い込まれる。6月6、7日に北京で行われた米中戦略対話でも、ケリー米国務長官が南シナ海問題について「すべての当事者が一方的な行動を自制すべきだ」と懸念を表明したことに対し、中国の楊潔篪国務委員は「南シナ海の島しょは古来、中国の領土だ」と強調し、アメリカの介入を牽制。
 このように、2カ月近く中国は、南シナ海問題でアメリカをはじめとする国際社会から非難を浴びせられ続けていた。鬱憤はたまっていたはずだった。
米国防総省の年次報告書によれば、特定の国が航行の制限をしようと試みている海域に米軍艦艇や軍用機を派遣する、いわゆる「航行の自由(Freedom of Navigation)作戦」を、昨年1年間で中国を含めた13カ国に対して行ったと明らかにした。アメリカが南シナ海問題にコミットするのも、中国の力による現状変更を許さず、この海域の航行の自由を守るためである。それがアメリカの大義なのであり、上述したような非難や牽制で、中国を追い込んでいった理由でもあった。
 そんなアメリカの大義を逆手に取ったのが、今回の2事案だったのである。

記事全文を印刷するには、会員登録が必要になります。