連載小説 Δ(デルタ)(2)

執筆者:杉山隆男2017年4月30日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (c)時事

 

【前回までのあらすじ】

アメリカがセンカクを見捨てる――衝撃的な情報が首相官邸を駆け巡った頃、尖閣諸島海域を遊弋する巡視船「うおつり」に、2隻の漁船が体当たりを敢行。そして漁民風の男たちが乗り移ってこようとしていた。

 

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 甲板を地面に例えれば、管理官や船長がいるブリッジは「うおつり」の3階部分に当たる。その下の2階フロアには船長室や第1公室と呼ばれる来客用の応接会議室がならんでいて、さらに甲板に面した1階には第2公室と名称がついた食堂と、隣接して調理室がある。甲板から高低差なくストレートに食材などの搬入ができるようにするためだ。じっさいデッキからぶ厚い鉄の扉を開けると、通路のすぐ先に調理室はある。船内は火気厳禁なことからガスは使用せず、調理はすべてIHヒーターやレンジなどで行なわれる。

 それらの器具や大型フリーザーが所狭しとならんだこの調理室で、後部甲板の騒ぎをよそに、海上保安官となって6年目を迎える2等保安士の市川準一(いちかわじゅんいち)は、親子ほども年の離れた2人の先輩と、薄手のビニール手袋をした両手で白飯を握り固めては手際よく海苔を巻き、昼食用のおにぎりをつくっている。

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