読者のみなさまへの「回答」に代えて
2017年5月25日
拙稿(「『習近平色』に染まるASEANでも際立つタイの『中国化』」2017年5月16日)に対し、思いがけずに多くの貴重なご意見を賜り、深謝いたします。
日露戦争が勃発した明治37(1904)年に出版された『北清見聞録』(高瀬花陵著 金港堂書籍)の冒頭に、
「第二十世紀に於て世界が當さに解釋すべき大問題は、啻に一のみではあるまい。而かも所謂支那問題なるものは、其の最も大なるものに相違あるまい」
「今や北京は殆んど世界外交の中心であるかの觀がある。少くとも日本外交の中心點は北京である。若しもわが日本が、北京外交の舞臺に於て敗を取ることがあるならば、大日本の理想は遂に一個の空想に過ぎない」
とあります。
ここに示された「第二十世紀」を21世紀に、「所謂支那問題なるもの」を中国問題に置き換えれば、現在に通じるものと思います。
もちろん「所謂支那問題なるもの」の中心は諸列強による中国利権の争奪にあった、つまり中国は飽くまでも受け身の立場に甘んじていたわけですが、1世紀余が過ぎた現在、一帯一路やらAIIB(アジア・インフラ投資銀行)やら、中国は既存の世界秩序に対し“挑戦的で野心的”な振る舞いを見せているという違いがあります。加えるなら、「大日本の理想」がそのまま現在に通じるわけでもないでしょうが。
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