連載小説 Δ(デルタ)(8)

執筆者:杉山隆男2017年6月4日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (c)時事

 

【前回までのあらすじ】

在日アメリカ陸軍座間キャンプの秘密の場所。磯部勇人1尉が重い扉を開いて中に入ると、待っていたのは秘密部隊デルタの事実上のトップ・山科1佐と、中央即応集団司令官の佐竹陸将。そして磯部が聞かされたのは、「センカク」での「29人対30人の殺し合い」という命令だった。

 

     9(承前)

 佐竹も山科も、磯部の反応をたしかめるように正面と真横からじっとみつめている。だが、磯部の表情に何の変化もあらわれなかった。佐竹の視線をはね返すような強い眼差しではなく、ただ受けとめている。平静さの裏に内心の動揺を隠していたというのではない。それどころか磯部は驚きもしなかった。

 テーブルに魚釣島の地図が広げてあるのを眼にした時点で、巡視船「うおつり」の事件をまだ耳にしていなかった磯部にも、あらまし任務の内容について察しはついていた。センカクで何かが起こり、デルタに出動命令が下ったのだ、と。

 佐竹と山科から一連の状況と作戦の詳細についてこまごまとした説明を受けている間も、心が波立つことはなかった。

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