連載小説 Δ(デルタ)(9)

執筆者:杉山隆男2017年6月10日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (c)時事

 

前回までのあらずじ】

自衛隊の秘密部隊デルタに、ついに出動命令が下った。内容は、その存在と同様あくまで秘密裏に作戦を遂行し、「センカク」を奪回すること。たとえ部隊に戦死者が出たとしても、表向きには犠牲者ゼロとなるよう、遺体の収容もデルタで行なうこと。デルタの事実上のトップ・山科1佐は言う。「それが命を落とした隊員の名誉を守ることにもつながるんだ」――。

 

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「うおつり」のブリッジから3層分階段を下って、地下1階に当たる下甲板フロアに下りた張和平(ヂャン フーピン)は、ドアの上に、装具室とプレートの貼られた部屋に入っていった。カラシニコフを構えながら、室内に人影や物音がしないのをとりあえずたしかめると、手当たりしだいロッカーの名札を見て回った。うろ覚えの記憶を頼りにそれっぽい文字を探して、と言いたいところだが、どんな文字だったか、すでに記憶は曖昧になっている。

 日本のアイドルにはまることを、中国のネット社会では「入坑」と呼ぶ。その言い方にならえば、愛国義勇軍の最年少兵士、21歳の張などは、さしずめ「入坑」状態になったアイドルオタク、正真正銘のドルオタだろう。YouTubeの中国版と言える動画検索サイトの优酷、Youkuで、日本のさまざまなアイドルグループのバラエティ番組やMVを見ているうちに、中国のファンの間では「桜団」の愛称で呼ばれる「さくら坂」にどっぷり「入坑」してしまったのだ。イチ推しの女の子がいるわけではなく、グループ全体が好きといういわゆる「箱推(はこお)し」である。

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