連載小説 Δ(デルタ)(10)

執筆者:杉山隆男2017年6月24日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (c)時事

 

【前回までのあらすじ】

巡視船「うおつり」を制圧した「愛国義勇軍」。名簿上の乗組員は30人だが、確認できているのは27人。2人死亡しているので、1人の行方が分からない。船内の捜索に出かけた義勇軍の最年少兵士・張が、特警隊員の市川準一・2等保安士の隠れ場所にっ近づいてきた。

 

      10(承前)

 握り飯を口にくわえたままカラシニコフを構えた男は、銃のリアサイト越しに眼を細めて照準を定めながら少しずつ距離を縮めてくる。市川も、左手で道具箱の蓋を支えてわずかな隙間をつくりながら、右手はももに伸ばし、巻きつけてあるレッグポーチのホルスターからペティナイフを抜きとった。市川はナイフをいったん道具箱の底板におき、刃の部分を覆っているエッジガードを指先で押しながら、音を立てないように慎重にはずしていく。

 男にナイフを投げつけるには、左手で支え持った蓋を思い切り開けなければならない。しかしその間に、男がカラシニコフの引き金を絞れば、30発入りの弾倉が空になるまで連射を浴びつづけ、逃げ場のない道具箱の中で市川は、肉は裂かれ骨は砕かれ文字通り蜂の巣状態となる。ただ、市川はまだあきらめてはいなかった。万にひとつ、いや可能性としてはもっと少ないかもしれないが、絶望の先に針で刺したほどの一縷の光が洩れてくるとしたら、自分より年少そうなこの男が見るからにまだ兵士になりきっていないということだった。軍学校で教育を受けている最中の生徒か、銃の扱いに慣れていない見習いの初年兵か。

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