連載小説 Δ(デルタ)(17)

執筆者:杉山隆男2017年8月13日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらずじ】

中国人集団「愛国義勇軍」が自ら全世界に発信した、巡視船「うおつり」の乗っ取り。日本はもちろんアメリカのニュース番組でも大々的に報じられたのだが、奇妙なことがあった。アメリカは「センカク」にも、日米安保条約への言及にも消極的なのだ。一方、中国ではこの事件は徹底して黙殺された。インターネットでの情報拡散を遮断し、全土はネット鎖国と化した。

 

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 会見を切り上げるように終えた官房長官の井手は壇を下りると、たちまち記者たちに囲まれた。だが、井手は群がる記者からの質問にまったくとりあおうとせず、屈強なSPが確保する進路を出口に向かって無言で進んだ。

 官邸危機管理センターの幹部会議室で会見のテレビ中継を見ていた門馬は、画面の中の井手がスーツの内ポケットに入れているスマホに向けて、〈5階の長官執務室に滝沢情報官同道の上うかがいます〉とメールを打った。

 門馬がエレベーターで上がると、すでに滝沢は先着していて、ほとんど間をおかず井手も秘書官やSPらに伴われてエレベーターから痩身をあらわした。門馬を一瞥するなり、「10分しか時間はとれないが……」と断る長官にうなずいて、あとにつづいた。気配を察した秘書官は前室の秘書官室にそのまま残り、井手ら3人だけが執務室に入った。

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