連載小説 Δ(デルタ)(18)

執筆者:杉山隆男2017年8月19日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

中国人集団「愛国義勇軍」による巡視船「うおつり」の乗っ取りは、そのまま中国による「センカク」奪取につながるのではないか。日本政府が一番懸念するのはそのことだが、アメリカの報道はなぜか、「センカク」にも日米安保条約への言及にも消極的だった。それはホワイトハウスの意思なのか――官邸は戸惑いの中にあった。

 

     16(承前)

 国の非常時に扇の要となる内閣危機管理監の門馬と、滝沢情報官をのせたエレベーターは、首相官邸の1階を素通りして地下1階へと直行した。門馬がお茶に誘ったのである。

 相手がいかにも融通のきかなさそうな官僚なら、「この非常時に何を悠長な……」と眼をむくところだろうが、英国住まいが長かった滝沢なら、むげに断ることもあるまいと思ったのだ。じっさい、「アフタヌーンティーにしては少し遅めですよね……」と苦笑しながらも滝沢はついてきた。

 まさしく、忙中に閑あり、陣幕をめぐらせた中での、つかの間の野点(のだて)である。むろん滝沢には、官の世界のことわりとは言え、センカクを見捨てるとしたホワイトハウスの極秘決定について、自分は知り得ていながらかつての上司の門馬には口を閉ざしていた、うしろめたさがやはりどこかにあったのかもしれない。

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