連載小説 Δ(デルタ)(19)

執筆者:杉山隆男2017年8月26日
沖縄県・尖閣諸島の魚釣島と北小島、南小島 (C)時事

 

【前回までのあらすじ】

巡視船「うおつり」乗っ取り事件に関する記者会見を終えた井手官房長官の執務室を、内閣危機管理監の門馬と、警察庁の後輩でもある内閣情報官の滝沢が訪れる。アメリカはセンカクを守らない――井手はそのことに気づいていた。ひとしきり話した後、門馬は滝沢をお茶に誘った。

 

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 危機管理監室の壁面には3基のディスプレイがはめこまれ、右端の画面には同じフロアにあるオペレーションルームでコンソールに向かったり、ファイルを手に室内を慌ただしく行き来しているスタッフの様子が映し出されている。チャンネルを切り替えれば、3基のディスプレイには、海自のP3Cがセンカク海域上空からデータリンクのシステムを介してリアルオンタイムで送ってくる「うおつり」の映像など、オペレーションルームのさらにワイドなディスプレイに映し出される映像がそのままモニターされる。つまりソファにもたれてダージリンをゆっくり味わっていても、状況の急変に後れをとる恐れはないわけだ。

 執務室にある残り2つのディスプレイ、中央と左端の画面にはいまNHKと民放の放送が流れている。どちらも依然として『うおつり乗っ取られる』の特別番組をスタジオから生中継していて、NHKは、夜の定時ニュースでキャスターをつとめる局アナと報道局の政治部、社会部記者がやりとりする形で政府の反応をリポートしたり、事件の背景をめぐって解説を加えたりしていた。ただ先ほどひらかれた井手官房長官の記者会見でも目新しい情報がほとんど明かされなかったため、番組自体は、ツイッターに上がった「愛国義勇軍」の犯行声明をはじめ、朝からの動きをまとめてVTRで振り返るなど、新味の薄い内容に終始していた。唯一NHKらしいと言えば、海保ヘリ撃墜のショッキングなシーンを繰り返し流すことに「公共放送としていかがなものか」と会長周辺から異議が出されたのか、一連のツイッター動画を紹介する中でも問題の撃墜シーンは丸ごとカットされていた。例によってネット界隈では官邸からの圧力説が盛んに流れたが、じっさいのところこの間官邸は刻一刻と深刻さを増す事態への対応に追われてとてもそんな枝葉末節にまで気を回している余裕などなかったと考えるのが妥当だろう。

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