まことの弱法師(18)

執筆者:徳岡孝夫2017年9月18日

 日本なら空港で客を待っているはずのタクシーが一台もない。レンタカーをしようにも、私には自動車運転の技術がない。大学からあらかじめ連絡があったのか、私より一年下で京大出のN君が車で迎えに来てくれていた。半年間の宿であるサドラー寮に着いて驚いた。

 大学そのものはシラキュースの町からバスで10分ほどの距離にあるがその大学のフットボール競技場の見える位置にサドラー寮がある。建って1年か2年しか経っていない新築同様である。

 私の部屋はその3階建ての2階、2人部屋である。ドアを開けると左側が室友ロス・フレミング、右側が私の居住区だった。

 真ん中に本棚と机、各自のドレッサーがあるのでベッドは互いの足元が少し見えるだけ。

 窓には2重カーテン、天井は良質の防音材、ベッド脇にはランプもついている。旧制三高の自由寮と比べてみずにはいられなかった。自由寮は7人部屋で1階に机、2階にベッドが並んでいた。小便は窓からした。食堂から箸箱を並べる音がすると、それが食事の時間の合図だった。自由寮にあってサドラー寮にないのは寮歌と寮雨だけである。当時の日本なら一流ホテルに等しい大学院生の住居だった。

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