まことの弱法師(20)

執筆者:徳岡孝夫2017年11月23日

 鬱陶しい秋の夕暮れだった。図書館から寮に帰るところだったと思う。室友ロスと夕食に出かける時間である。

 部屋に帰るとロスが言った。

「サム、来てるよ」

 寮に入った最初の日、彼は「タカオは言いにくい。サムにしてくれ」と提案し、私は承知していた。

 来ている? 見ると私の机の上に紙片が一枚あり、ボールペンが載せてある。取り上げると

「ダンシアンザン ボシトモケンゼン」

 ワーッと思わず叫んだ。

「チップは渡してくれたのか」

「アッわすれた」

 机の上の辞書に1ドル紙幣が挟んだままになっている。「電報配達夫にやってくれ」と私が置いておいた1ドルである。60年前の常識ではチップは10セント。張り込んで25セント(クォーター)と決まっていた。電報屋はチップに気付かずに帰ったらしい。

 折り返し祝電を打ちたいが電報局はどこだ。隣の部屋の男が「寮の前の公衆電話から送れるよ」と教えてくれた。「ただし小銭をたんと持っていかないと」と言った。

 電話で国際電報が打てる。今の日本で出来ることが60年前のアメリカではすでに出来た。

 別の寮生が「もうすぐハンバーガー屋かピザ屋が来る。小銭に崩してくれるよ」と教えてくれた。とにかく寮の部屋をひとつずつノックし替え得るだけの小銭を集めた。そこへピザ屋が来た。彼も笑顔で協力してくれた。

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