鬱陶しい秋の夕暮れだった。図書館から寮に帰るところだったと思う。室友ロスと夕食に出かける時間である。
部屋に帰るとロスが言った。
「サム、来てるよ」
寮に入った最初の日、彼は「タカオは言いにくい。サムにしてくれ」と提案し、私は承知していた。
来ている? 見ると私の机の上に紙片が一枚あり、ボールペンが載せてある。取り上げると
「ダンシアンザン ボシトモケンゼン」
ワーッと思わず叫んだ。
「チップは渡してくれたのか」
「アッわすれた」
机の上の辞書に1ドル紙幣が挟んだままになっている。「電報配達夫にやってくれ」と私が置いておいた1ドルである。60年前の常識ではチップは10セント。張り込んで25セント(クォーター)と決まっていた。電報屋はチップに気付かずに帰ったらしい。

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