イラン現体制が迷い込んだ政治の隘路(上)――欠ける展望、失われる秩序、米軍介入の可能性

執筆者:村上拓哉 2026年2月9日
エリア: 中東
米国やイスラエルの介入を示す物証はない。ただし、今回のデモで注目すべきはイスラエルが半ば公然と関与を示唆したことだ[国民に向けて手を振るハーメネイー最高指導者=2026年2月1日、イラン・テヘラン](C)AFP=時事/HO/KHAMENEI.IR
昨年末からの大規模抗議デモは現時点では鎮静化したが、過去と桁違いの死者が出たのは間違いない。イランの体制は新たな抗議デモが起きるたびに、強権的対応へと傾いていることが窺える。周辺国の中では相対的に自由で民主的な政治制度を備えていたイランは、中東の他の権威主義体制国家よりも頑健な政治体制を備えていると見られてきた。しかし、いまや自らが打倒した王政と同じ過ちを繰り返しており、政治的自由を狭めることで体制の安定性を危機に晒している。

 2025年は、トランプ政権の発足による「最大限の圧力」政策の復活米国との核交渉の再開イスラエルとの12日間戦争、そして国連による対イラン制裁の再開と、激動の1年を送ったイランであるが、最大の爆弾は国内に潜んでいた。

 12月28日、通貨の暴落による高インフレにあえぐテヘランの商人たちは、経済的な不満を政府に訴えるべくストライキと抗議集会を引き起こす。その様子がSNSによって拡散されると、瞬く間にイラン全土での抗議デモに発展していった。

 もっとも、イランは定期的に大規模な抗議デモが起きる国である。直近では、2022年9月にヒジャーブ着用義務をめぐる抗議デモが起きて、500人が死亡、2万人近くが拘束される事態になったほか、2019年11月のガソリン価格値上げへの抗議デモでは200~300人が死亡、7000人が拘束。2017年12月末から1月初頭にかけて起きた反政府抗議デモでは23~25人が死亡、5000人が拘束されている。また、過去の抗議デモでもっとも大きな政治運動になった2009年の「緑の運動」では、36~72人の死者が出て、4000人が拘束されている。

 今回のデモも、過去の事例と同様に収束すると見られていた。しかし、体制による鎮圧はこれまで以上に苛烈なものとなった。米国に拠点を置くイランの人権団体Human Rights Activists News Agency(HRANA)によると、2月7日までに確認されている死者数は6961人、関連性を調査中の死者数は1万1630人に上っており、拘束者数は5万人を超える等、過去のデモと比べて被害が桁違いに大きくなっている。

 現時点では体制による鎮圧を受けて抗議デモは大幅に縮小しているものの、通信制限が解除されたり治安部隊の市中監視が緩和されたりすれば、デモが再燃する可能性は否定できない。また、米国が中東方面に空母打撃群などの戦力を増強させており、米軍の介入によって事態が大きく転換するシナリオも考えられる。本稿では、イランで起きたデモがこれまでとどのように違ったのか、そしてこの先の中東情勢に与える影響について考えてみたい。

膨れ上がる被害と錯綜する情報

 一般的に、経済的な理由に基づく抗議デモは、デモが厳しく規制されている権威主義体制国家においても暴力的に鎮圧することは避けられる傾向にある。国民による生活の不満の訴えを強権的に排除すれば、たとえ独裁国家であっても統治の正統性が揺らぐことになるためだ。また、経済的な理由でデモを起こす人々は必ずしもイデオロギー的に反政府の立場ではなく、政府が効果的な対策を実施するのであれば容易に態度を翻すことも有り得るため、むしろ積極的に体制側に取り込むべき存在でもある。

 今回のデモについてイラン政府は当初、抗議者の要望には前向きに対応する姿勢を見せていた。デモ開始3日目となる12月30日、マスウード・ペゼシュキヤーン大統領は、「国民の生活は私の毎日の関心事である」と発信し、彼らの正当な要求を聞くため抗議者の代表と対話する用意があると訴えた。アリー・ハーメネイー最高指導者も、1月3日の演説において、暴徒と抗議者を区分した上で、抗議者とは対話しなければならないとの立場を示している

 実際のところ、過熱する海外メディアでの報道とは対照的に、デモの初動は必ずしも“前代未聞”の盛り上がりを見せていたわけではない。1月7日時点において38人の死者、2217人の拘束者が出たことがHRANAによって確認されているが、これは過去のデモと比較して決して大きな数字ではない。SNS上にはデモの盛り上がりを示す画像や映像が多数出回っていたが、一部はAI(人工知能)で生成された偽情報であることが明らかになっており、デモを扇動しようとする認知戦も繰り広げられていた。

 事態が大きく転換するのは、

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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