「避けられたはずのグリーンランド危機」は米欧関係に何を残すか

執筆者:鶴岡路人 2026年2月2日
議論はトランプ政権が実際に何を求めているのか不明確なまま推移した[ダボス会議年次総会の会場で会談するルッテNATO事務総長(左)とトランプ大統領(右)=2026年1月21日、スイス・ダボス](C)AFP=時事
トランプ大統領によるグリーンランド「領有」の主張は、「将来の合意の枠組み」が成立したという現時点でも合理的な解釈は困難だ。米国がNATO加盟国の領土を脅かした事実は、NATOの存続可能性を根本的に動揺させた。特にロシアに対する抑止・防衛で米国のコミットメントを信頼できないのだとすれば、同盟は何のためなのか。

 2026年初頭の米欧関係はグリーンランド危機に見舞われた。とはいえ、ドナルド・トランプ米大統領が、他国領土の獲得を目指さなければ、危機など存在していなかったわけで、完全に避けられたはずの危機だ。トランプが一方的に発生させ、まさにひとり相撲で、ひとまず収まった。欧州、さらには世界が翻弄された。結果として欧州における米国への信頼は大きく傷つき、将来に影を落とすことになりそうだ。

 ことの発端は、トランプによるグリーンランド「領有」の主張だった。世界最大の島として知られるグリーンランドは、デンマークの一部(自治領)である。そのデンマークは、NATO(北大西洋条約機構)の加盟国だ。トランプ政権は、領有実現のためには軍事力の活用も排除しないとの強硬姿勢を示し、NATO加盟国領土が米国によって脅かされるという前代未聞の深刻な事態に陥った。

 1月17日にトランプは、デンマークおよびデンマークを支援する欧州諸国に、グリーンランドの完全な取得が実現するまで関税をかけるとの脅しをかけ、危機が一気に高まったのである。直後の1月21日にスイスのリゾート地ダボスで開かれた世界経済フォーラム(ダボス会議)に出席したトランプは、演説のなかでグリーンランド取得を強調した。しかし、その直後、同会場でのマーク・ルッテNATO事務総長との会談後、「将来の合意の枠組みが成立した」として、関税の脅しも撤回された。当面、危機のさらなる悪化は免れた。

 この顛末は何だったのか、何を示しているのか、そして、今後の米欧関係にいかなる影響をおよぼすのか。以下で検討したい。

まったく噛み合わない議論

 グリーンランドをめぐる今回の米国とデンマークの議論は、当初から噛み合っていなかった。米国の本気度を察知したデンマーク側は、2025年1月の第2次トランプ政権発足当初から、静かな環境での対話を模索していた。トランプの就任演説に含まれた「領土を拡張する」という言葉は見落とすわけにはいかないものだった。

 しかし、最大の障害は、トランプ政権が実際に何を求めているのかが不明確だったことだ。これがすれ違いの出発点だった。デンマーク側は、「何を求めているのか」と問い、具体的な交渉の用意を示した。他方の米国側は、「領有したい」の一点張りだったといわれる。しかしデンマークは、領土や主権を譲るつもりはなかった。これではまともな交渉にならない。米国にとってのグリーンランド領有は、具体的な目的達成のための手段ではなく、それ自体が目的だったのかもしれない。

 グリーンランドに関しては、「領有」や「所有」「買収」「獲得」などさまざまな言葉が使われた。買収については、具体的な金額が言及されることもあった。住民個人への支払いも議論されが、誰に払うことで買収が成立するかは不明だった。デンマーク側は、メッテ・フレデリクセン首相を筆頭に、グリーンランドは「売り物ではない(not for sale)」と当初から繰り返していた。土地の所有権と国家主権は当然のことながら別物であり、米国政府が土地の所有権を獲得しても、主権は移動しない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
鶴岡路人(つるおかみちと) 慶應義塾大学総合政策学部教授、戦略構想センター・副センター長 1975年東京生まれ。専門は現代欧州政治、国際安全保障など。慶應義塾大学法学部卒業後、同大学院法学研究科、米ジョージタウン大学を経て、英ロンドン大学キングス・カレッジで博士号取得(PhD in War Studies)。在ベルギー日本大使館専門調査員(NATO担当)、米ジャーマン・マーシャル基金(GMF)研究員、防衛省防衛研究所主任研究官、防衛省防衛政策局国際政策課部員、英王立防衛・安全保障研究所(RUSI)訪問研究員などを歴任。著書に『EU離脱――イギリスとヨーロッパの地殻変動』(ちくま新書、2020年)、『欧州戦争としてのウクライナ侵攻』(新潮選書、2023年)、『模索するNATO 米欧同盟の実像 』(千倉書房、2024年)、『はじめての戦争と平和』(ちくまプリマ―新書、2024年)など。
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