ロシア・ウクライナ戦争を語るとき、ブチャ虐殺を避けては通れない。2022年2月から3月にかけて、キーウ郊外ブチャを占領したロシア軍が住民ら400人あまりを殺害したこの出来事には、人命を軽視し、人権を無視するロシア軍の本質が凝縮されているからである。
筆者は、キーウを訪れるたびに現地に足を運び、惨事から4年になるこの間の変化を観察してきた。初めて訪ねた2022年4月、ロシア軍が去って間もない街は荒れ果て、ビニール袋にくるまれた遺体が残っていた。人影もまばらだった街に、避難していた住民が次第に戻り、やがて住宅の修復も進んだ。瓦礫が撤去され、店が再開し、新しい店も開いた。酷寒の2026年1月、雪に覆われたブチャは、それなりに活気のある平凡な郊外都市の姿を取り戻していた。
ブチャ最大の教会、聖アンドリー教会の敷地内に立つ追悼祈念碑以外に、虐殺の痕跡を見つけ出すのは今や難しい。しかし、当時の記憶が人々の意識から消え去ったとも思えない。人々はその過去と、どう向き合っているのだろうか。虐殺の実態はどこまで解明されたのか。
聖アンドリー教会の司祭アンドリー・ハラヴィン(53)を訪ねた。
買い物カートで遺体運搬
市内最大のこの教会で1996年から司祭を務めるハラヴィンは、住民たちの相談相手を担いつつ、虐殺後の街の変化を最も間近に、かつ冷静な立場から見つめてきた人物である。ロシア軍の占領中も、彼はブチャにとどまり、路上に放置された遺体を回収して教会の庭に仮埋葬する作業に携わった。ちなみに、追悼祈念碑が現在立っている教会の敷地は、かつての仮埋葬の場所である。
200体前後に及んだ遺体は、ロシア軍撤退後にウクライナ司法当局が2回にわけて掘り起こし、検死をした。2022年4月13日にあった2度目の掘り起こしの場に筆者は立ち会い、現場に来ていたハラヴィンにも話を聞いた。
今回のインタビューはそれ以来、3年9カ月ぶりである。
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