ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (29)

第5部 再起する日常(7) 虐殺の記憶と生きる

執筆者:国末憲人 2026年3月17日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
ブチャ虐殺にかかわったとして訴追されたユーリ・キム(右上)ら5人[ウクライナ国防省情報総局のフェイスブックページから]
2026年1月、雪に覆われたブチャは、それなりに活気のある平凡な郊外都市の姿を取り戻していた。ロシアによる侵攻間もなくから1カ月あまりロシア軍の占領を受け、400余人の住民が虐殺されたキーウ近郊の街だ。当時、路上に多数の遺体が転がる映像は世界に伝わり、たとえ短期間でもロシアに占領された土地で何が起きるかを明白にした。ブチャにはまだ身元が判明しない42人の遺体がある。再起する日常の中で粘り強く進む実態解明の取り組みから、虐殺の命令を下した指揮官『キム』の横顔も浮かび上がってきたという。【現地レポート】

 ロシア・ウクライナ戦争を語るとき、ブチャ虐殺を避けては通れない。2022年2月から3月にかけて、キーウ郊外ブチャを占領したロシア軍が住民ら400人あまりを殺害したこの出来事には、人命を軽視し、人権を無視するロシア軍の本質が凝縮されているからである。

 筆者は、キーウを訪れるたびに現地に足を運び、惨事から4年になるこの間の変化を観察してきた。初めて訪ねた2022年4月、ロシア軍が去って間もない街は荒れ果て、ビニール袋にくるまれた遺体が残っていた。人影もまばらだった街に、避難していた住民が次第に戻り、やがて住宅の修復も進んだ。瓦礫が撤去され、店が再開し、新しい店も開いた。酷寒の2026年1月、雪に覆われたブチャは、それなりに活気のある平凡な郊外都市の姿を取り戻していた。

 ブチャ最大の教会、聖アンドリー教会の敷地内に立つ追悼祈念碑以外に、虐殺の痕跡を見つけ出すのは今や難しい。しかし、当時の記憶が人々の意識から消え去ったとも思えない。人々はその過去と、どう向き合っているのだろうか。虐殺の実態はどこまで解明されたのか。

 聖アンドリー教会の司祭アンドリー・ハラヴィン(53)を訪ねた。

聖アンドリー教会の司祭アンドリー・ハラヴィン[筆者撮影]

買い物カートで遺体運搬

 市内最大のこの教会で1996年から司祭を務めるハラヴィンは、住民たちの相談相手を担いつつ、虐殺後の街の変化を最も間近に、かつ冷静な立場から見つめてきた人物である。ロシア軍の占領中も、彼はブチャにとどまり、路上に放置された遺体を回収して教会の庭に仮埋葬する作業に携わった。ちなみに、追悼祈念碑が現在立っている教会の敷地は、かつての仮埋葬の場所である。

 200体前後に及んだ遺体は、ロシア軍撤退後にウクライナ司法当局が2回にわけて掘り起こし、検死をした。2022年4月13日にあった2度目の掘り起こしの場に筆者は立ち会い、現場に来ていたハラヴィンにも話を聞いた。

 今回のインタビューはそれ以来、3年9カ月ぶりである。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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