ウクライナ讃歌
ウクライナ讃歌 (28)

第5部 再起する日常(6) 前線都市の素顔

執筆者:国末憲人 2026年3月15日
タグ: ウクライナ
エリア: ヨーロッパ
『ススピリネ』スーミ支局のミニ博物館に展示されているドローンの翼とスポーツ担当記者オレクサンドル・カチャーノ。戦場や被弾場所で取材する記者が集めて公開している[筆者撮影]
ウクライナ東北部のスーミは、東部や南部の戦線に比べて外国メディアの報道から漏れがちだが、ロシア国境に近く頻繁な砲撃に晒されている。キーウから車で5時間あまりのこの街を訪ねた。17世紀にウクライナ・コサックが城を築いた古都にふさわしく、市内にはいくつかの博物館や美術館が存在する。表からは人の気配が感じられないそれらも、ドアを開けるとスタッフがいて、案内してくれる。所蔵品を疎開させ、地元芸術家の特別展を開催していた「ニカノル・オナツキー地域美術館」を見学する途中で、突然ドッカンと大音響が響いた。【現地レポート】

 前線都市への旅が実現したのは、偶然からだった。

 2026年1月半ば、4カ月ぶりにキーウを訪ねた筆者は、旧知のウクライナ公共放送『ススピリネ』会長ミコラ・チェルノティツキー(42)と中心部のレストランで落ち合った。ビールを片手に軽い食事をつつきつつ、情報交換と世間話を続ける中で、彼がふと漏らした。

「来週スーミに行くんだ。片付けなければならないことがあって」

 スーミは、ウクライナ東北部スーミ州の州都である。古い街並みと美しい教会が残る地方都市だが、ロシア国境に近いため、連日の砲撃にさらされていた。ミコラは会長に就任する前、『ススピリネ』のスーミ支局長を務めており、その関係で処理する案件が生じたらしかった。

 スーミはかねて、筆者が訪ねようと考えていた街である。大きな被害が出ているようだが、ウクライナ東部や南部の戦線に比べて外国メディアの注目度も高まらず、状況がつかめないでいたからである。交通が便利とは言いがたく、前線だけに当局の監視も厳しいと聞いたが、現地に詳しいミコラのお供としてなら何とかなりそうである。

「ついていってもいいかな」

「いいよ。朝早く起きられるなら」

 彼は気取りなく答えた。当日の早朝、彼が車で迎えに来てくれることになった。

深夜の首都攻撃

 ロシア軍のミサイルやドローンによるウクライナ各都市への攻撃は、2025年の初夏以降、激しさを増していた。夏の終わりにいったん緩んだものの、秋口に再び激化し、1日数百発に達する場合も珍しくなかった1。標的は、寒さが強まるにつれて発電所や変電所などエネルギー関連施設に集中した。ウクライナ市民から電気や暖房を奪い、凍えさせることによって士気を下げようとするロシア側の意図が露骨だった。

 エネルギー施設への攻撃は、2022年暮れにも相次いでいた。当時キーウを訪ねた筆者は、自家発電機を持つ一部の飲食店の灯を除いて暗闇に閉ざされた街を経験していた。ただ、当時に比べても、今回のインフラ被害はさらに大きいと思われた。電気だけでなく、水道や暖房も止まった区域が多く、暗いだけでは済まなかった。

 1月に入ると、戸外の体感温度は零下20度近くにまで下がる。暖房が切れた室内で、人々はしばしばコートを着込み、マフラーを巻いてベッドに入ると聞いた。スマホの充電もできないことから音信不通になる人が多く、取材の連絡をするのも一苦労だった。

 それでも、私が到着して数日間、キーウは比較的穏やかだった。警報はしばしば発せられるものの、軍関係のテレグラムチャンネルやアプリで攻撃の方向を確認すると、ミサイルやドローンは首都以外の方向に飛んでいた。自家発電設備を持つホテルでは、最小限の暖房も機能する。筆者はこうして、何とか睡眠を確保できていた。

 攻撃が身近に迫ったのは、スーミに出発する日の未明である。すっかり寝入っていた筆者は、ドカンという突然の爆発音で目を覚ました。ミサイルかドローンが着弾したか、あるいは近くで迎撃を受けたのかもしれない。時計を見ると午前2時である。続いてドカドカと爆発音が続く。市内の割と近い場所が標的になっているのだろう。ひとまず、室内では比較的安全そうなトイレに籠り、攻撃の状況をテレグラムで調べる。首都一帯が標的となっているようである。

 部屋はホテルの5階にあり、階下に降りるよりも、このままトイレで息を潜める方が安全のように思えた。攻撃はなかなか止まらず、暖房の弱いトイレで震え始めた約2時間後、ようやく収まった。しばしベッドに戻るが、出発の時間がもう迫っている。

 午前5時45分、予定通りミコラが車で迎えに来た。光の乏しい早朝の首都に車で出る。中心街の独立広場(マイダン)を通りがかると、焼け焦げてまだ煙が残る車の残骸が道端に見えた。救助隊が集まっており、恐らくミサイルかドローンの直撃を受けたのだろう。犠牲者がいなければいいが。

 マイダンから坂道を下り、ドニプロ川を渡って東岸に渡る。キーウは、ドニプロ川西側に商業施設や官公庁が集まる一方で、川の東側にはソ連時代以降の高層マンション群が広がる。しかし、そのマンション群が真っ暗なのである。見える光は、自家発電を備えたガソリンスタンド程度しかない。

 マンションの多くは30~40階建てである。最近の激しい攻撃によって、電気も水もガスも失われ、エレベーターは止まっているだろう。人々はどのように暮らしているのだろうか。ここを離れ、実家に帰ったり、親戚や友人を頼ったりしているのだろうか。

 暗闇に沈む首都を後にしつつ、車はひたすら東に向かった。

ドローンが飛ぶ街

 キーウからスーミへは、通常だと車で5時間あまりである。実際には途中で道を間違え、午前11時過ぎに到着した。

 攻撃が頻繁であるだけに、廃墟があちこちに広がる光景を、筆者は想像していた。実際の街は、少なくとも一見だと被害が目立たない。

カテゴリ: 軍事・防衛
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
新潮Xへの統合について
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top