近年のフランスの選挙で、人々の関心事の多くは毎度のごとく、右翼「国民連合」の動向である。なぜあれほどの支持を集めるのか、勢いがどこまで続くのか、将来政権を取るのではないか。しかし、3月15日と22日に投開票があったフランス統一地方選では、その主役の座が左翼「不屈のフランス」に移ったかのようだった。その前月に起きた出来事をきっかけに、「左翼の方が危険では」との疑念が広まったからである。
会場外の乱闘
「不屈のフランス」の欧州議会議員リマ・アサン(33)は、華やかな容姿と派手な活動ぶりから、時に最高実力者ジャン=リュック・メランション(74)以上の関心を集める左翼政治家である。シリア・アレッポ近くのパレスチナ難民キャンプに生まれ、10歳の時に家族を頼ってフランスに渡り、2010年に帰化した。反イスラエル、親ハマスの強硬な立場で知られ、その言動はしばしば物議を醸す。2024年7月には、欧州議会で人権委員会副委員長への就任を目指したものの、右派「レピュブリカン」(共和主義者)の議員フランソワ=グザヴィエ・ベラミ(40)の反対で就任を阻止されたことを根に持って「夜ゆっくり寝られるのも今のうちだ」とXでポストし、ベラミから検察に告訴された。一方で、一部の左翼系若者たちからは絶大なる支持を集める。2025年6月にはスウェーデンの環境活動家グレタ・トゥーンベリ(23)とともに船でパレスチナ自治区ガザを目指し、イスラエル当局に拘束されて強制送還された。
その彼女を招いて、「中東紛争を巡る欧州連合(EU)と欧州各国政府との関係」と題する講演会を、リヨン政治学院の学生団体が2月12日午後6時から、施設内の講堂で開催することになっていた9。その直前にあたる午後5時半ごろ、極右系の女性団体「ネメシス集団」の7人が門前で、「イスラム左翼主義者よ、学内から出て行け」と書かれた抗議の横断幕を掲げた。これに対し、極左の若者たち大勢が集まって横断幕を奪おうとし、女性たちに暴行を加えたのが、騒ぎの始まりである。女性たちを助けようと、ネオナチ系極右団体の青年たちが現場に駆けつけた。その1人がカンタン・ドランク(23)だった。
リヨン検察局の発表や当時の映像10によると、数十人が入り乱れて互いに殴る蹴るの乱闘を繰り広げた後、極右はいったん退却した。ドランクは逃げ遅れ、路上に引き倒されて袋だたきに遭った。暴行に加わった全員が逃走した後、極右の1人が戻ってきて、倒れたまま動かないドランクを見つけた。ドランクは一時失った意識を取り戻したものの、記憶が定かでない様子だったという。立ち上がって2人で歩き出し、川を2つ越えて1キロあまり進んで仲間たちと合流したが、その時彼はすでに状態が悪化していたようである。
ドランクは病院に搬送され、頭蓋骨骨折だと判明した。翌13日に脳死状態となり、脳損傷などで14日に死亡した。検死により、たとえすぐに搬送されていても命は助からなかっただろう、との結論となり、殺人事件として捜査が始まった。
それから4日後、11人が尋問を受けた。その多くは、2025年に当局から解散を命じられたリヨンの極左集団「反ファシスト若者防衛隊」に所属していた。そのうちの1人が左翼「不屈のフランス」の国民議会(下院)議員ラファエル・アルノー(31)の秘書だったと判明し、さらにもう1人もアルノーの元秘書だと発覚して、事件は急に政治的な様相を見せた。
アルノー自身が「反ファシスト若者防衛隊」の創設者の1人であり、
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