マクロン「抑止力強化」演説は本当に「核軍縮の流れに反する」のか(上)

執筆者:岩間陽子 2026年4月11日
エリア: ヨーロッパ
フランスは同盟国、パートナー諸国とのつながりの重要性、通常兵力の強化の必要性を強調し、不必要な核軍拡につながるロジックは拒絶している[イル・ロング原子力潜水艦基地で演説するマクロン大統領=2026年3月2日、フランス・クロゾン](C)AFP=時事
マクロン仏大統領が3月2日に行った核抑止力に関する演説は、日本の多くのメディアで「核軍縮の流れに反する」ものと理解された。だが、ロシアが非核保有国に対して明白な核威嚇を行い、アメリカにも核秩序の維持に関心を失ったかのような言動が見られる中で、マクロンがあくまでNATOの抑止力を補完すると強調したことは見落とせない。従来からの核の「最小限抑止」は維持されており、新たに示された「前方抑止」構想も、運用に地理的な縦深を加えることで抑止力を高める手段と言えるだろう。ドイツやポーランドで高まるフランスの核への期待と歴史的経緯を踏まえつつ、マクロン演説の本質を確認する。
「我々の同盟国アメリカは……1945年以来ヨーロッパ防衛に鍵となる役割を果たしてきており、今後も果たし続けていくことでしょう。そのことに、我々は感謝しています。抑止戦略においては、アメリカはNATOの核ミッションを通じて、我々の防衛に直接関与しています」

 3月2日、エマニュエル・マクロン大統領はロング島の戦略原子力潜水艦基地において、6年ぶりとなる核抑止力に関する演説を行った。冒頭の引用は、その演説中最も印象深かった部分だ。フランスの大統領が、このような厳しい国際状況の中で、アメリカにたいして感謝という言葉を使うのか。筆者はそのことに強い印象を受けた。

 日本のメディアでは、フランスの核弾頭数の増加を受けて、「核軍縮の流れに反する」というとらえ方がほとんどであったが、現在の世界情勢で、抑止力の増強に転ずるのは予想されたことであり、そうしない方が不思議である。もし、フランスが単独でロシアを抑止できるような体制を整えるつもりならば、猛烈な核軍拡に転じなければならないかもしれない。しかし、マクロン演説はそのような選択はフランスが取らないことを明白にした。むしろ、今一度フランスと同盟国、パートナー諸国とのつながりの重要性、通常兵力の強化の必要性を強調することによって、不必要な核軍拡につながるようなロジックは拒絶したことが最も重要な点である。これまで当たり前と思ってきた様々な前提が大きく揺さぶられている中で、フランスの抑止の在り方は、むしろこれまでとの連続性を重んじることをはっきり打ち出している。

 

トランプ2.0の衝撃――独、ポーランドで沸騰した核抑止論

 6年前の世界と今の世界は大きく変化した。ことに、2025年1月にトランプ政権が登場して以来、アメリカの同盟諸国のアメリカへの信頼感は、大きく揺さぶられている。第一次トランプ政権時と同様に、大統領を取り巻く重鎮たちに働きかけながら、なんとか荒波を乗り越えようと思っていた同盟諸国に、トランプ政権は次から次へと予測を超える奇策を繰り出し、翻弄し続けた。安全保障、関税、ベネズエラ、グリーンランド、中東と、焦点は目まぐるしく動き続けた。

 毎年2月、世界の主要国代表が安全保障問題を議論するため、ドイツ南部ミュンヘンに集まる。2025年のミュンヘン安保会議はこれまでとは全く違ったものになった。開始直前にNATO(北大西洋条約機構)国防相会議に出席したピート・ヘグセス国防長官は、もはやアメリカはヨーロッパにおける防衛の主要な負担を担うつもりはないことを明らかにした。ウクライナ支援の主たる負担はヨーロッパが負うべきだし、アメリカはウクライナ停戦後の秩序形成に直接関与するつもりもないと語った。

 アメリカ抜きでウクライナ停戦ラインを維持することなどできるのか――正直それまでヨーロッパは、最後はアメリカがコミットしてくれるのではないかという希望を捨てきれずにいた。しかし、ヘグセス長官は、もはやウクライナがアメリカにとっては主要関心事項ではないことをはっきりさせた。ヘグセス発言の動揺も冷めやらぬまま、ミュンヘン安保会議が開幕し、J・D・ヴァンス副大統領が『世界の中のアメリカ』と題する演説を行った。それは、記憶にある限りのアメリカ政府代表者のどのような演説とも異なっていた。ヴァンス副大統領は、ヨーロッパの民主主義の在り方そのものを問う内容の演説を行い、ヨーロッパ各国内政に対するある種の挑戦状を突き付けた。ヨーロッパ各国国民が、これまでのリベラルな政策に反対する右派政党に票を入れ続けているのに、各国政府はそのことを無視して、むしろ右派政党の言論を制限しようとしているとして、これは言論の自由への弾圧であると非難した。

 当時、ドイツ国内は2月末の連邦議会選挙に向けた選挙キャンペーンの真っただ中であった。そのころはまだ政府の職にあったイーロン・マスク氏は、「ドイツのための選択肢(AfD)」の選挙キャンペーンにオンラインで登場し、大喝采を浴びていた。自身のXアカウントでも、AfDへの支持を表明しており、多くのヨーロッパ人は眉をひそめていた。ただ、マスク氏は必ずしも政権の中枢にいるわけではなく、無視しようと思えばできなくはなかった。だが、アメリカの副大統領が公式の場のスピーチで、真っ向からヨーロッパの民主主義を批判したことの衝撃は計り知れなかった。

 直後から、欧州主要国、とりわけドイツの首相、国防相などが相次いで反論し、結局ミュンヘン安保会議事務所はそれらを一冊の冊子にまとめたほどであった。アメリカが、もはや自分たちの知っていたアメリカではなくなってしまった。アメリカの民主主義は変質してしまったのではないか。価値観の共有が存在しないアメリカとの間には、もはやこれまでの米欧同盟は継続不可能なのではないか。そのような不安がヨーロッパの安保関係者の間にさざ波のように拡がっていった。

 アメリカがもはや、かつてのようにヨーロッパ防衛にコミットしていない。この受け入れがたい事実を、1年かけて、ヨーロッパの安保コミュニティは、咀嚼しようとしてきた。年初に示されたヨーロッパ軽視の政策は、その後『国家安全保障戦略(NSS)2025』でも重ねて確認された。グリーンランドはかなり厳しかった。NATOの同盟国アメリカが、同じ同盟国であるデンマークの自治領を侵攻することになるのか。ヨーロッパ諸国はデンマーク支援を次々と表明し、数カ国はグリーンランドに兵力を送り、緊張は高まった。最終的にトランプ政権は軍事侵攻を行わなかったものの、複数のヨーロッパ諸国は、戦後初めて対アメリカの軍事作戦を行う覚悟までしたと報道されている。 そのような中で、ヨーロッパ諸国が直面した根源的な問題は、核抑止の問題であった。アメリカがもはや変わってしまったのならば、その拡大核抑止は信用できないのではないか。それならば、ヨーロッパが独自の核抑止力を持たねばならないのではないか。この問題は何度となく、この1年浮上し続けた。特に、ドイツ、ポーランドで抑止論が沸騰した。目前のロシアが西進してくるとすれば、まずポーランド、そしてドイツが脅威に直面することになるからだ。

動揺する世界の核秩序――責任を投げ出した超大国

 ヨーロッパで核兵器を持っているのは、イギリスとフランスの二カ国。どちらも200~300発程度の核弾頭を保有していると言われている。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
岩間陽子(いわまようこ) 政策研究大学院大学教授。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程修了。京都大学博士。京都大学助手、在ドイツ日本大使館専門調査員などを経て、2000年から政策研究大学院大学助教授。同大学准教授を経て、2009年より教授。専門はドイツを中心としたヨーロッパの政治外交史、安全保障、国際政治学。著書に『核の一九六八年体制と西ドイツ:』、『ドイツ再軍備』、『ヨーロッパ国際関係史』(共著)、『冷戦後のNATO』(共著)、『核共有の現実―NATOの経験と日本』、Joining the Non-Proliferation Treaty: Deterrence, Non-Proliferation and the American Alliance, (John Baylisと共編著、2018)などがある。安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会、法制審議会、内閣府国際政治経済懇談会など、多くの政府委員会等のメンバーも務める他、(財)平和・安全保障研究所研究委員、日経Think!エキスパート、毎日新聞書評欄「今週の本棚」・毎日新聞政治プレミア執筆者も務める。
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