イスラエルを挑発するヒズボラ特殊部隊「ラドワン部隊」の黒幕はイラン

執筆者:黒井文太郎 2024年8月2日
エリア: 中東
イラン工作機関のバックアップを受けるレバノンのイスラム教シーア派組織ヒズボラの兵士たち[2024年7月4日、ベイルート・レバノン](C)EPA=時事
イスラエルはガザ地区での作戦を続けながら、北部ではレバノンの武装組織ヒズボラとの戦闘を拡大させつつある。イスラエル軍が高価値標的として狙うのはヒズボラの特殊部隊「ラドワン部隊」の幹部たちだ。同部隊の前身の起源は1980年代からイスラエル兵士の拉致などを行なっていた越境作戦専門の工作班であり、発足当初から現在に至るまでイランの工作機関の強い影響下にあるとみられている。

 7月30日、ハマスのトップであるイスマイル・ハニヤ政治局長が訪問先のイランの首都テヘランで殺害された。イスラエルの工作機関「モサド」の破壊工作部門「カエサリア」による暗殺であろう。ハニヤは2023年10月のガザ周辺でのハマスのテロにももちろん責任があり、モサドの暗殺対象になっていたものと思われる。

 イスラエルによるハマス幹部の暗殺工作は初めてではない。たとえば2024年1月2日にも、レバノンの首都ベイルート南部のヒズボラ拠点に潜伏していたサレフ・アロウリ政治局次長が、イスラエル軍の無人機により殺害されている。アロウリはイラン工作機関およびヒズボラと、ハマス軍事部門を繋ぐキーマンだった。

 こうした標的を選んでの暗殺対象は、ハマス幹部だけではない。レバノンではヒズボラ幹部が次々と標的になっている。このイランでのハニヤ暗殺の数時間前にも、やはりベイルート南部のヒズボラ拠点にいた南部方面最高軍事司令官のフアド・シュクルが空爆で殺害されている。シュクルはヒズボラ草創期からの古参の軍事部門幹部で、現在はヒズボラのトップであるハッサン・ナスララ書記長の軍事顧問を務める。これまで殺害されたヒズボラ軍事司令官では最高位の大物だ。

 このシュクル暗殺は、7月27日にイスラエルが占領しているゴラン高原の北部に位置するドルーズ派の村であるマジダル・シャムスのサッカー場がヒズボラのロケット弾で攻撃され、子供・若者12人が殺害されたことへの報復として行われた。

 ただ、このサッカー場攻撃は、その直前にレバノン南部クファルキラでヒズボラ側戦闘員4人がイスラエル軍無人機で殺害されたことへの報復として発射された約30発のロケット弾のうちの1発が、誤ってサッカー場に着弾してしまったものらしい。つまりヒズボラとイスラエル軍の報復の応酬になっているのだ。

常にヒズボラ側の挑発から始まる戦闘

 他国であるレバノンやイランでの暗殺作戦を実行するイスラエル側については、ネタニヤフ本人の政治的思惑を指摘する声もある。イスラエル国内ではかねてネタニヤフに対する批判は強く、ガザ情勢の長期化でますます国内政治状況的には追い詰められている。そのため、彼は自らの政治的延命のために対外的緊張を拡大したがっているとの見方が、イスラエル国内の言論界でも見られる。

 ネタニヤフ本人がそう言ったわけではないので、あくまでひとつの仮説だが、仮にそうであっても、ネタニヤフはヒズボラが何もしていないのに攻撃を命じているわけではない。イスラエルとヒズボラの戦闘は、常にヒズボラが先に手を出し、イスラエル側を挑発することから発生している。ヒズボラが何もしなければ、両者に戦闘は起こらない。2023年10月以降の戦闘も、ガザでの攻防の直後にヒズボラがイスラエル北部に越境攻撃をかけたことで始まっている。

 念のために書いておくが、これはもちろんイスラエル軍が行なっているガザの民間人殺戮という戦争犯罪を正当化する話では全然ない。しかし、本稿では“どちらかの陣営の側に立つ”という立場ではなく、あくまでイスラエル・ヒズボラ間の戦いについてのみ現状認識を試みたい。こちらは、イスラエル軍のガザ殺戮の問題とは別の背景が存在するのだ。

 2023年10月以降、両者の報復合戦はずっと続いていた。ヒズボラの現地部隊は「イスラエル軍がガザから撤退するまで攻撃は続ける」と言っていて、実際に攻撃を続けている。イスラエル軍はそれに対し、必ず報復する。標的はヒズボラ部隊とその施設だが、2023年10月以降、レバノン南部ではすでに約350人のヒズボラ(連携する姉妹組織含む)戦闘員を殺害している。なお、これらの攻撃では、100人以上のレバノンの民間人が巻き添えで殺害されている。

イスラエル軍のHVT(高価値標的)は「ラドワン部隊」幹部

 こうしたイスラエル軍の攻撃でも目立つのは、今回のシュクル司令官のように軍事部門幹部が狙い撃ちされていることだ。イスラエル軍では主に軍事情報部「アマン」隷下の「8200部隊」というセクションが通信傍受・ハッキングでヒズボラ幹部の所在情報を探っており、HVT(高価値標的)としている。そうした狙い撃ちの殺害作戦では、しばしば標的を追跡・確認するために自爆無人機が使われている。

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
黒井文太郎(くろいぶんたろう) 1963年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作に『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作に『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』など。近著に『新型コロナで激変する日本防衛と世界情勢』(秀和システム)『プーチンの正体』(宝島社新書)など。
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