キーマンは「ハマス政治局次長」と「コッズ部隊パレスチナ支部長」 イスラエルが命を狙う6人の最重要「標的」とは

執筆者:黒井文太郎 2023年12月15日
エリア: 中東
アメリカ政府が500万ドルの懸賞金をかけて追う、ハマス政治局次長サレフ・アロウリ(中央) 出典:米国務省テロ犯手配サイト
ハマスと一口に言っても、表の政治部門と裏の軍事部門=「カッサム旅団」はまったくの別組織だ。秘密組織であるカッサム旅団は幹部の属人的な繋がりで運営されているため、イスラエルは上位幹部の拘束・殺害を優先目標としている。中でも最重要のターゲットはガザ地区内に潜伏する3人と、カッサム旅団を支援するイラン・コッズ部隊パレスチナ支部長ら国外にいる3人のキーマンだ。

 日本におけるガザ紛争のニュース報道でひとつ気になるのは、ハマスという組織の特殊性があまり伝えられていないことだ。

 ハマスの組織上の最大の特徴は、政治部門や社会事業部門などの表の組織と、裏の組織である軍事部門「カッサム旅団」が、組織トップの有力幹部を通じては繋がっているものの、本体の組織同士はまったく別だということだ。だから10月7日の奇襲から現在の戦闘まで、「ハマス」より「カッサム旅団」の動向を追うことが重要になる。そのためにはまず、カッサム旅団の特殊性を知っておくことが必要だ。

横のラインがない地下組織型の編成

 ハマスは政党でガザの行政機構でもあるので、政治部門はオープンだ。幹部も組織メンバーも公開されており、幹部の人選もオープンに任命される。対してカッサム旅団では、イスラエルの攻撃を警戒して徹底的な秘密主義がとられている。海外で訓練中の戦闘員を除き、最高幹部含めて全員がパレスチナ国内に潜伏し、最高幹部クラス以外は氏名も秘匿されている。

 カッサム旅団の戦闘員の数は不明だが、3万~5万人と推定されている。決まった駐屯地・基地もなく、常設の戦闘部隊もない。戦闘員のほとんどは現地で家族と暮らしているが、自分がカッサム旅団のメンバーだということは周囲には秘匿することになっている。イスラエルとの戦闘で戦死して初めて、氏名を公表されて殉教者として称えられる。ただし、地縁・血縁の関係が濃厚な社会でもあり、実際にはカッサム旅団のメンバーは周囲の知人たちにはそこそこ知られていることが多いようだ。

 こうした地下秘密組織タイプの編制になっているため、カッサム旅団には横のラインがない。4~5人程度の「細胞」が基本的な活動単位で、それを束ねる小隊長、中隊長、大隊長などと縦の指揮系統はあるが、各指揮官は自分の配下しか正体を知らない。そのため大人数を動員する統一された行動は不得手で、今回の奇襲のような大規模な作戦は過去にあまり例がない。現在のガザでの地上戦でも、大人数による組織だった攻撃はあまり見られず、やはり数人からせいぜい十数人程度がイスラエル軍戦車部隊に挑んでいる場面が多い。

 こうした非組織性から、仮に上位の幹部が殺害されると、もはや統一的な作戦は不可能になる。したがってイスラエル軍としては、対カッサム旅団の戦いではまず組織の上位の幹部を捜索し、拘束・殺害することが目標になっている。

 カッサム旅団の戦闘員は常設の基地を持たないので、各自、個人装備をいつでも持ち運べるようにカバンにまとめて保管している。訓練時や作戦時には、それを持って出動するのだ。戦闘員の特徴は、その独特の服装にもある。常設の部隊ではないので普段は私服で生活しているが、戦闘時には基本的に戦闘服を着用する。そして緑色のヘアバンド状の布を頭に巻くか、あるいはそれを縫い付けた黒色の目出し帽のような覆面姿になるのだ。これは過去の戦闘でも徹底しており、たとえば私服で民間人に紛れて戦うというような手法を、少なくともこれまではとったことがなかった。

 ただし、今回のガザ地区での地上戦では、ほぼ全員が戦闘服ではなく私服で戦っていることが、現地発の画像から確認できる。民間人の服装で戦うということは、良し悪しは別にして、敵の監視を回避するために自分たちの行動を擬装するという点で、ゲリラ戦では有効だ。

 いずれにせよ、カッサム旅団はこのように軍事組織というよりは地下テロ組織のような組織になっている。そして、ハマス政治部門でも一部の最高幹部クラスしか接触がない。10月7日の奇襲についても、表のハマスであるガザの行政機構や社会活動機構のメンバーは、幹部でも一切事前に知らされていないはずである。

ソレイマニが確立したカッサム旅団の武器調達手法

 今回、ハマスとイランの関係が改めて注目されているが、これはより厳密にはカッサム旅団とコッズ部隊(イランの対外工作機関)の関係を見なければならない。しかも組織同士の関係というより、それぞれのキーマン同士の関係が特に重要だ。

 たとえば2012年2月、それまでシリアを拠点にしていたハマスは、同国のバッシャール・アサド政権が同国内のパレスチナ難民キャンプを攻撃したことから同政権と対立し、シリアを去った。そのため、アサド政権の後ろ盾であるイランとの関係も疎遠になった。

 しかし、ハマス指導部の最高幹部のひとりであるサレフ・アロウリ政治局次長が2020年5月、レバノン「マヤディーンTV」で次のように語っている。

「(表向き)関係が冷たくなった時期でさえ、イランは我々を支援してくれた」

「私が初めてコッズ部隊のカセム・ソレイマニ司令官に会ったのは2010年か11年。その後に何度か会い、私自身もイランを訪問した」

 同インタビューによれば、アロウリ政治局次長は最初のイラン訪問時にアリ・ハメネイ最高指導者と会見。ハメネイはその場でソレイマニ司令官にハマス支援を指示し、それ以降、コッズ部隊との関係が深まっていったという。アロウリはその後のメディア発言では、2017年頃よりトルコを拠点にコッズ部隊との関係をさらに拡大し、ハマス政治部門とイランの正式な関係改善に努力したことも語っている。つまり、アロウリとソレイマニという両陣営のキーマン同士の連携が先にあり、そこから組織としての密接な協力関係を構築していったという流れになる。

 なお、アロウリはハマス政治局次長という表の地位を持っているが、もともとカッサム旅団創設者のひとりで、ヨルダン川西岸地区初代司令官だった人物だ。その後、イスラエル当局に逮捕されて長い獄中生活を送ったが、2010年に捕虜交換で解放されると、ヨルダンを経由してシリアに常駐し、カッサム旅団の事実上の渉外担当のような役割を果たすようになった。2012年以降は主にトルコのイスタンブールを拠点とし、コッズ部隊との連携を進めた。国外からヨルダン川西岸地区での作戦の指揮をとったこともある。現在はレバノンを拠点にしている。

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カテゴリ: 政治 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
黒井文太郎(くろいぶんたろう) 1963年生まれ。『軍事研究』記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て、現在は軍事ジャーナリスト。専門は各国情報機関の最新動向、国際テロ(特にイスラム過激派)、日本の防衛・安全保障、中東情勢、北朝鮮情勢、その他の国際紛争、旧軍特務機関など。著書に『ビンラディン抹殺指令』『アルカイダの全貌』『イスラムのテロリスト』『世界のテロと組織犯罪』『インテリジェンスの極意』『北朝鮮に備える軍事学』『紛争勃発』『日本の情報機関』『日本の防衛7つの論点』、編共著・企画制作に『生物兵器テロ』『自衛隊戦略白書』『インテリジェンス戦争~対テロ時代の最新動向』『公安アンダーワールド』、劇画原作に『実録・陸軍中野学校』『満州特務機関』など。近著に『新型コロナで激変する日本防衛と世界情勢』(秀和システム)『プーチンの正体』(宝島社新書)など。
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