軍政を説得しつつ民主化勢力を支援する「二重構造」の可能性:中川正春「ミャンマーの民主化を支援する議員連盟」元会長インタビュー(下)

執筆者:服部龍二 2025年11月27日
エリア: アジア
ミャンマー軍政は2025年7月31日に緊急事態宣言を解除し、12月末から段階的に総選挙を行うと発表したが、国軍系政党USDPを中心とする勢力の勝利が確実視されている[USDPの選挙マニフェスト発表会に出席する党員と支持者たち=2025年11月19日、ミャンマー・ヤンゴン](C)EPA=時事
日本政府は長年ミャンマー軍政とのパイプを維持する一方、民主化勢力との関係は非公式に留めてきた。軍政を中国やロシアの側に追いやることを恐れたためだが、民主化勢力を支援することはむしろ軍政を説得する材料になると中川氏は語る。政府対政府の関係では手が届かない少数民族やNUGとの関係構築にこそ、議連の存在意義があるという。

防衛大がミャンマー国軍の士官候補生の受け入れを中止

服部 日本政府は2021年のクーデター後、新規ODAは停止する一方で、既存のプロジェクトについては継続するという方針でした。この政策については、どのようにお考えでしょうか。

中川 ODAのプロジェクトは、1つ1つ精査しないといけないと思います。軍が支配する企業――軍というより、軍人個人が支配する構造のようですが――に流れていくようなODAは停止する必要があるので、各プロジェクトの精査が大事です。人道支援や教育プロジェクトもODAでやっているわけですから、使い方を精査したうえで、停止すべきものを考えていくということです。全部ストップするということではないと思います。

服部 よく知られている例として、バゴー橋の場合ですと、ODAプロジェクトで下請け企業が軍系の企業だったことが途中で分かったけど、それでも完成に至っていますね。

中川 あれは情けないですね。その企業を外す形で完成させるのなら分かるけど。ただ、実際に外すのは交渉力が要ると思います。

服部 日本政府はクーデター後も長らく、ミャンマー国軍の士官や士官候補生を留学生として防衛大学校で受け入れてきました。これについて、議連は政府にどのような働きかけをしてきたでしょうか。

中川 クーデター後は特に、もう「(受け入れを)即やめろ」と働きかけてきました。

 ただ、日本政府は軍のみならず、ミャンマー政府に対してさまざまな形で応援しています。たとえば法整備支援も法務省が人をしっかり出している。法整備は日本だけではなくて、特にドイツが熱心にやっていました。教育についても、日本の文科省が協力してJICAのイニシアチヴで作った教科書はミャンマー国内でも非常に評価が高い。士官や士官候補生の教育を自衛隊で引き受けるにしても、「今のミャンマーはおかしいよ」と、民主主義に基づく日本の自衛隊の文民統制の在り方を教えるのであればいいと思うんです。

服部 中川先生は議連会長として、2022年5月17日に「防衛省によるミャンマー国軍士官/士官候補生の受け入れを強く非難し、その中止を求める要請書」を当時の岸信夫防衛相と林芳正外相に出されてます。どんなやり取りでしたか。

中川 やり取りと言っても、文書を出すだけです。向こうは聞くだけですよ。

服部 その場で意見交換などはしないわけですか。結局、ミャンマー国軍からの留学生受け入れは、クーデター後しばらくしてから中止しましたね。(注・2023年度から新規の受け入れ中止)

少数民族組織もまだ民主化されていない

中川 実は今、軍側だけでなく、少数民族組織やNUGも、能力構築支援をやってほしいと私のほうに言ってきています。少数民族側も連邦制を求めているけど、民族ごとにイメージしている国家像がバラバラです。彼らの足元では民主主義が行なわれているのかというと、各民族の支配体制はまだ民主化されていない。だから、彼らの言葉で言うと、ボトムアップの連邦制を目指したいと、言うのです。そうした足元の政府構築と、将来の国の形を個々に話すのではなくて、それぞれの民族から同じような要請がきているので、全体で合わせて議論できるような場ができればと思っています。

 なぜ日本にそれをやってくれと言うのか、彼らに聞いたところ、こういう事情があります。欧米は色々な民主主義の教室みたいなものを作っているものの、全体ではなく民族ごとに、特にカレン族などの地域を中心に支援している。

カテゴリ: 政治
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
服部龍二(はっとりりゅうじ) 中央大学総合政策学部教授。1968年東京都生まれ。92年京都大学法学部卒業。政治学博士(神戸大学)。国際関係学修士(ジョンズ・ホプキンス大学)。国際貢献修士(東京大学)。拓殖大学政経学部助教授などを経て現職。著書に『広田弘毅』(中公新書、2008年)、『日中国交正常化――田中角栄、大平正芳、官僚たちの挑戦』(中公新書、2011年、大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞特別賞受賞)、『外交ドキュメント歴史認識』(岩波新書、2015年)、『中曽根康弘――「大統領的首相」の軌跡』(中公新書、2015年)、『田中角栄――昭和の光と闇』(講談社現代新書、2016年)、『佐藤栄作――最長不倒政権への道』(朝日新聞出版、2017年)、『高坂正堯――戦後日本と現実主義』(中公新書、2018年)、『増補版 大平正芳 理念と外交』(文春学藝ライブラリー、2019年)、『外交を記録し、公開する――なぜ公文書管理が重要なのか』(東京大学出版会、2020年)他多数。
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top