変わりゆく学校教育の中で「自律した学習者」になるために

2025年 私の読書

執筆者:宮田純也 2025年12月29日
タグ: 日本
 

 アジア開発銀行(ADB)の報告書『Powering a Learning Society During an Age of Disruption1』は、第4次産業革命やパンデミック、気候変動といった破壊的変化に直面する現代を、学びを通じて乗り越えるべき時代と位置づけている。同報告書が強く求めているのは、社会全体を学習の場と捉える学習社会(learning society)への転換だ。そこでは、学びは特定の年代に限定されるものではなく、生涯を通じ、学校・職場・家庭・地域といった多様な場面で複合的かつ連続的に起こる営みとして再定義される。

 したがって、社会人、シニア、そして企業や組織そのものも「学び続ける主体」として捉えられている。これからの学校教育を考えるための要諦は、「education(教育)」よりも広い概念としての「learning(学び)」へのパラダイムシフトにあると言えよう。

 こうした社会の変容を踏まえ、これからの学校教育や学びの姿を理解するために適した書籍を3冊紹介したい。

 まず、学校教育の全体像を簡潔につかむための入門書として、手前味噌で恐縮だが拙著『教育ビジネス 子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養』(クロスメディア・パブリッシング、2025年)を挙げさせていただきたい。教育には、時代や制度が変化しても揺らぐことのない「不易の原理」が存在する。それは、自己実現への貢献とより良い社会の創造だ。一方、これまでは与えられた価値観のもとに行動する人を育てる「教育」で問題なかったが、高度情報社会では、自ら様々な価値観や目標を打ち立てて行動できるよう、より広い概念としての「学び」が一層大事になってくる。拙著では、教育という営みの不易の原理と、今日起こっている変容の全体像を様々な観点からできるだけ体系的に、簡潔に記述したつもりだ。

宮田純也『教育ビジネス 子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養』(クロスメディア・パブリッシング)

 前田康裕氏の著書『まんがで知る 学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社、2025年)は、学校を舞台に様々な葛藤や人間模様を描きながら、学び方の要諦を漫画で分かりやすく伝えてくれる。

 登場人物の中学2年生・井能巧(いのう・たくみ)は、「社会科はただの暗記科目であり、ネットを使えばすぐに答えがわかるので授業は無駄だ」と主張し、授業中に寝ている。さらに、ネットがあれば教師も学校すらもいらないとも言う。定年後再雇用の社会科教師・的芽学(まとめ・まなぶ)は彼の言動に悩み、ある教師に誘われて彼が立ち上げた研究会「学び方について学ぶ会」に参加する。そこで的芽が知るのは、以下のような新しい学びの法則だった。

・基礎知識を教える段階では教師の指導が必要だが、その知識を用いて考察する段階では、小人数グループの対話や主体的な学びが効果的であること。

・情報通信技術(ICT)を活用した先生と生徒の双方向的なコミュニケーションは、子どもの学ぶ姿勢を前向きに変えるきっかけにもなること。

 どうすれば学習内容を理解しやすく、記憶に残るか。それらを主体的に考え、能動的に実践できる「自律した学習者」へ変革することが、現在の学校教育では求められている。

前田康裕『まんがで知る 学習方略:学び方を学ぶ』(さくら社)

 最後に、社会と学校・教師に焦点を当てた一冊として、アンディ・ハーグリーブス著『知識社会の学校と教師: 不安定な時代における教育』(金子書房、木村優ほか監訳、2015年)を紹介したい。

 著者が言う「知識社会」とは「学びの社会」であり、知識を柔軟性と拡張性がある転換可能な資源と捉え、その活用がこれからの経済成長のカギを握るとしている。知識社会では、画一的な教育を超え、創造性と共同体を育む学びが不可欠である。そのために、教師は孤立せず「専門職的学習共同体(教師が互いの知識や経験を共有することで、組織全体の教育の質を向上させる仕組み」を築いて協働し、高い倫理観とケアをもって、不確実な未来を生きる子供たちを導く知的専門家であるべきだと説く。生成AI(人工知能)が普及する以前の著作ではあるが、その洞察は今もなお鋭い。

 また本書は、「機械の力ではなく脳の力(考え、学び、新たな手法を取り入れること)で作動する」経済を「知識経済」と呼び、知識経済がもたらす格差や分断といった負の側面にも言及している。こうした社会課題の解決には学校教育(特に公教育)と教師の高度な専門性が不可欠だとする一方で、過度な標準化が教師を無力化し、公教育ひいては社会そのものを荒廃させるシナリオについても警鐘を鳴らしている。

 私たちの行動次第で未来は良くも悪くもなるという理解が深まり、現状への危機感を募らせる一方で、示された未来像には希望も抱くことができる一冊だ。

アンディ・ハーグリーブス(木村優ほか監訳)『知識社会の学校と教師: 不安定な時代における教育』(金子書房)

 “Learning for work”と“Learning for life”という考え方がある。学びの目的として、前者は経済的な自己実現のため、後者はウェルビーイングや、より良い社会を創るという公共性の実現を含むものだ。学校教育や学びについて考えることは、自己のキャリアや生き方のみならず、私たちが生きる社会そのものを理解し、当事者としてどのように関与して創っていくかを考えることに他ならない。今回紹介した書籍が、その一助となれば幸いである。

1 Sungsup Ra, Shanti Jagannathan, Rupert Maclean (eds.). Powering a Learning Society During an Age of Disruption. Education in the Asia-Pacific Region: Issues, Concerns and Prospects, Vol. 58. Springer Nature Singapore and Asian Development Bank, 2021.

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
宮田純也(みやたなおや) 未来の先生フォーラム代表理事、宇都宮海星学園理事、横浜市立大学特任准教授。1991年生まれ。早稲田大学高等学院、早稲田大学教育学部教育学科卒業、同大学大学院教育学研究科修了(教育学修士)。大手広告会社などを経て独立後、日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」と「株式会社未来の学校教育」の創設、約2億7000万円の奨学金の創設、通信制高校の設立に関わるなど、プロデューサーとして教育に関する企画や新規事業を実施。2023年には「未来の先生フォーラム」と「株式会社未来の学校教育」を朝日新聞グループに参画させ、子会社社長を務めた。現在はこれまでの実績をもとにして、さまざまな立場や役割で教育改革を推進している。単著に『教育ビジネス-子育て世代から専門家まで楽しめる教育の教養-』(クロスメディア・パブリッシング)、編著に『SCHOOL SHIFT』・『SCHOOL SHIFT2』(明治図書出版)など多数。
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