「グリーンランド問題」の傷跡:欧州は「米国がいなくなる日」に備え始めた(上)/デンマーク国際問題研究所インタビュー

執筆者:国末憲人 2026年2月11日
エリア: ヨーロッパ
デンマーク人もグリーンランド人も「トランプは本気だ」と理解した[トランプ大統領の計画に反対するデモ。首都にあたるヌークの人口のほぼ3分の1にあたる人々が参加した=2026年1月17日、デンマーク・ヌーク](C)AFP=時事
北大西洋条約機構(NATO)加盟国である米国がトランプ政権下、同じ加盟国デンマークの自治領であるグリーンランドの所有を主張し、軍事行動の可能性さえ示唆した出来事は、同盟内に衝撃となって広がった。何よりこれを深刻に受け止めたのは、当事国のデンマークである。いわば身内から浮上した脅威に、デンマークはどう対応したのか。今後の対米関係はどうなるか。NATOはどこにいくのか。米欧関係や極北地域の安全保障を専門とするデンマーク国際問題研究所(DIIS)の主任研究員ミケル・ルンゲ・オレセン(42)に聞いた。【聞き手/国末憲人・東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員】

 

デンマークに広がる「裏切られた」との意識

 ――米国がグリーランドをほしがるなどと、少し前までは想像もできませんでした。随分唐突な印象が拭えません。

「ドナルド・トランプがグリーンランドを買収しようと言い出したのは、今回が初めてではありません。2019年にも同じことをしています。ただ、当時と今回とでは状況が全く異なります」

「2019年当時のデンマーク首相は、現在と同じメッテ・フレデリクセンで、就任して間もなくのころにあたります。グリーランドを買いたいというトランプの提案に彼女は驚き、本気で怒りました。彼女はこの発想を『ばかげている』とはねつけ、それに対してトランプも怒り、ある種の外交危機になりました。今から振り返るとまだ小さないざこざに過ぎませんが、当時としてはそれなりの騒ぎだったのです。最終的に首相とトランプの電話会談で事態は収束しましたが、その際に首相は防衛面で何らかの努力の約束をトランプにした可能性はあります」

「時は過ぎて、この問題が再燃したのは2024年のクリスマスでした」

 トランプはその年の11月の大統領選で当選を決めると、翌月に早速、グリーンランド購入の話を蒸し返し、駐デンマーク大使任命にあたって自身のSNSトゥルースソーシャルで「国家安全保障と世界の自由のために、米国はグリーンランドを所有し、支配しなければならないと考えている」と述べた。ただ、グリーンランド住民の間で米国への統合を望む声は少ない。住民たちは教育面や医療面でデンマークの社会保障制度から多くの恩恵を得ており、米国領になると生活水準の低下が避けられそうにないことも、理由の1つだという1

「最初、デンマーク政府は前回と同じように、非公式な電話会談などで沈静させようとしました。しかし今回は、その電話会談が完全に失敗しました。トランプは、この島の併合を本気で考えていたからです」

「しかし、デンマークにはそもそも、グリーンランドを売り渡そうにもその権限がありません。2009年制定の法律によってグリーンランドの自己決定権と独立の手続きが定められ、将来を決める権利はグリーンランド自身に委ねられたからです。加えてグリーンランドも、米国の一部となることを望んではいない。だから、デンマークもグリーンランドも、2024年、2025年、2026年と一貫して『ノー』を言い続けたのです。しかし、それは通じず、事態は悪化し、1年以上続く危機となりました」

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
国末憲人(くにすえのりと) 東京大学先端科学技術研究センター特任教授、本誌特別編集委員 1963年岡山県生まれ。85年大阪大学卒業。87年パリ第2大学新聞研究所を中退し朝日新聞社に入社。パリ支局長、論説委員、GLOBE編集長、朝日新聞ヨーロッパ総局長などを歴任した。2024年1月より現職。著書に『ロシア・ウクライナ戦争 近景と遠景』(岩波書店)、『ポピュリズム化する世界』(プレジデント社)、『自爆テロリストの正体』『サルコジ』『ミシュラン 三つ星と世界戦略』(いずれも新潮社)、『イラク戦争の深淵』『ポピュリズムに蝕まれるフランス』『巨大「実験国家」EUは生き残れるのか?』(いずれも草思社)、『ユネスコ「無形文化遺産」』(平凡社)、『テロリストの誕生 イスラム過激派テロの虚像と実像』(草思社)など多数。
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