イラン現体制が迷い込んだ政治の隘路(下)――欠ける展望、失われる秩序、米軍介入の可能性

執筆者:村上拓哉 2026年2月9日
エリア: 中東
大規模弾圧が行われた1月8日~9日の喪が明ける40日後、2月17日と18日には再び大きなデモが起きる可能性が高い[アラーグチー外相と米国のスティーブ・ウィトコフ特使の写真を掲載した日刊紙「テヘラン・タイムズ」=2026年2月7日、イラン・テヘラン](C)EPA=時事
体制側にも体制転換を求める側にも将来の展望が欠けたまま、軍部の発言権は日に日に強くなっている。米軍の介入はこの閉塞を破るかもしれないが、ベネズエラ式の軍事作戦に進めば情勢の大混乱につながるだろう。ただし、トランプ政権はイランに新たな核合意を呑ませることが目標であり、多大な軍事コストは避けるはずだ。むしろ最大のリスクは、米国の場当たり的な行動による地域秩序の流動化にある。周辺アラブ諸国がイランの弱体化を内心で歓迎しつつも米-イラン間の仲介に奔走するのは、それを恐れているからだ。

 

レザー・パフラヴィーの「鈍感」

 イランの体制転換を求める側にとっての難題は、それを成し遂げるための道筋を描けていないことだ。1979年のイラン革命では、当時の王政が進めてきた過度な西洋的近代化に宗教勢力や共産主義勢力が異議を唱え、これらがイランの社会に適した統治のあり方について思想的な基盤を提供していた。抗議活動においても王政の打倒のみを主張するのではなく、政治活動の規制の緩和や、民主的な選挙の導入、立憲主義に基づく統治の実施が訴えられ、「0か1か」ではない政治改革の実践を要請する側面があったことが、新たな政治への展望を現実的なものにさせていた。

 しかし、今のイラン社会には現体制に代わる統治構想を描ける勢力が不在である。抗議デモの一部では王政の復古が叫ばれ、米国に亡命している王政時代の最後の国王(シャー)の息子であるレザー・パフラヴィーは民衆を扇動して体制転換を呼び掛けたが、彼は大半のイラン国民にとって選択肢になっていない。旧王政は米国の傀儡としてイラン国民を弾圧した過去があることに加え、彼は反体制の在外イラン人コミュニティとも連携できておらず、イラン社会から乖離している存在である。

 今回のデモについてパフラヴィーは、デモを扇動することで国民を死に追いやっていることに責任を感じるかと米CBS Newsのインタビューにて問われた際、「これは戦争であり、戦争には犠牲がつきものだ」と答えている。これは体制による弾圧で非対称的に発生した民間人の死者を「(対称的な対立構図である)戦争の犠牲者」としてラベリングしただけでなく、デモの結果として起きた悲劇の責任を負うことから逃避したものとして強く批判されている。パフラヴィーはイスラエルがイランを爆撃している12日間戦争の最中においても、イスラエルを非難するのではなくイラン国民に政権打倒のために立ち上がることを呼び掛ける等、彼が民衆の被害に鈍感なことは多くのイラン人の不興を買っている。

国民の期待を背負ったペゼシュキヤーン大統領の挫折

 もっとも、イラン社会から有力な反体制運動が出てこないのは、単純に彼らだけの問題ではない。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
村上拓哉(むらかみたくや) 中東戦略研究所シニアフェロー。2016年桜美林大学大学院国際学研究科博士後期課程満期退学。在オマーン大使館専門調査員、中東調査会研究員、三菱商事シニアリサーチアナリストなどを経て、2022年より現職。専門は湾岸地域の安全保障・国際関係論。
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