ガザ和平「平和評議会」に日本が距離を置くべき理由

執筆者:篠田英朗 2026年2月7日
エリア: グローバル
トランプ米大統領の野心が独り歩きし、「平和評議会」はガザ問題から離れて空中浮遊し始めている[世界経済フォーラム年次総会で「平和委員会」の設立憲章を掲げるトランプ氏=2026年1月22日、スイス・ダボス](C)AFP=時事
トランプ大統領は「平和評議会」を米国主導の国連に代わる機関とする野心を隠さない。だが、参加表明27カ国の大多数を占める中東・アジアのイスラム諸国が、どこまでその野心と共同歩調を取るかは不透明だ。イスラエルも自国の意向をガザ占領統治に反映させるための組織として、「平和評議会」を利用することが想定できる。中立的な装いを見せていた「20項目」和平案の性格は、今回の「平和評議会」の創設で、あらためて霧消してきている。

 1月22日、「平和評議会(Board of Peace)」の設立署名式典が開かれた。スイス・ダボスにおける世界経済フォーラム年次総会にあわせて、参加国の首脳が集まった機会をとらえて行われたものだ。この「平和評議会」の構想は、当初から怪しいものだったが、実際に明らかになってきた内容からは、さらに謎めいた様子がうかがえる。日本はこの「平和評議会」から距離をとっているが、これはやむを得ないと言える。

 一応の停戦合意の成立で、ガザ情勢は、最悪の時期は脱している。しかしイスラエルの軍事行動が完全に停止しているわけではない。イランをはじめとして、レバノン、シリア、イエメンなどの中東の至る所で、イスラエルとアメリカが軍事攻撃を仕掛けた後、最悪の軍事衝突の峠を越えたように見えるが、流動的で不穏な情勢は続いている。

 日本としては、アメリカとの同盟関係は重要である。また、中東和平に向けた貢献ができるのであれば、もちろんそれに越したことはない。だが平和評議会を中心にした中東和平の行方は、相当に不安定なものだと言わざるを得ない。国連機関が駆逐されてしまうことに、日本として利益があるわけではない。不用意に責任を負う関与をすることはできない、という判断は、妥当だろう。

 アメリカからの防衛費増額の圧力にさらされて、イスラエルとの兵器購入等を通じた軍事関係が広がる傾向も見えないわけではない。巷では一連の軍事行動を通じてイスラエルの中東における一強体制が固まってきた、という見方もあるようだ。そうした見解は、軍事分野での日本とイスラエルの関係強化の傾向が見られる背景要因として働いているかもしれない。だが中東情勢の先行きは、それほど単純なものには見えない。精緻な情勢分析を怠らず、慎重に立ち位置を見定めていく必要がある。

法的権限なしで設立された“謎の機関”

 昨年9月、ガザ危機の停戦合意を目指すドナルド・トランプ米大統領の「20項目」和平案の中で、「平和評議会」の構想が披露された。パレスチナ人からなる「技術者委員会」の上位に置かれる機関だ。混迷を深めるガザ情勢に一定の安定をもたらすためには、何からの中立性を持つ国際的関与があることは、望ましい。わかりやすい形としては国連の主導的な役割が期待されるところだった。しかし、イスラエルの国連軽視が甚だしく、現実には国連主導の和平プロセスの開始はほぼ不可能だった。そこでイスラエルに影響力を行使できるアメリカが主導する形での停戦合意も、次善の策として、受け入れられることになった。それが「20項目」和平案だったと言ってよい。

 停戦合意が昨年10月に成立したことを受けて、国連安全保障理事会は、決議2803を採択し、「20項目」案にもとづくガザ和平プロセスを承認した。当初は、中国とロシアの消極的な態度を乗り越えられるかが焦点だったが、イスラム圏諸国を含む非常任理事国が、ガザ停戦を歓迎して「20項目」案を受け入れる立場であったため、中国とロシアも拒否権を使う反対まではせず、棄権した。

 これによって「平和評議会」の設立にも、安全保障理事会レベルでの認知が与えられたことになった。ただし、同決議は、国連憲章7章の強制措置にもとづくようなものではないため、「平和評議会」に、何らかの明示的な法的権限を付与されたとまでは言えない。内容が曖昧模糊としているため、今後の「平和評議会」の活動に安全保障理事会レベルの権威が付与され続けるわけでもない。

「20項目」案の段階から、「平和評議会」は、非常に怪しいものであった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
篠田英朗(しのだひであき) 東京外国語大学大学院総合国際学研究院教授。1968年生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業、同大学大学院政治学研究科修士課程、ロンドン大学(LSE)国際関係学部博士課程修了。国際関係学博士(Ph.D.)。国際政治学、平和構築論が専門。学生時代より難民救援活動に従事し、クルド難民(イラン)、ソマリア難民(ジブチ)への緊急援助のための短期ボランティアとして派遣された経験を持つ。日本政府から派遣されて、国連カンボジア暫定統治機構(UNTAC)で投票所責任者として勤務。現在も調査等の目的で世界各地を飛び回る。ロンドン大学およびキール大学非常勤講師、広島大学平和科学研究センター助手、助教授、准教授を経て、2013年から現職。2007年より2024年まで外務省委託「平和構築人材育成事業」/「平和構築・開発におけるグローバル人材育成事業」を、実施団体責任者として指揮。著書に『平和構築と法の支配』(創文社、大佛次郎論壇賞受賞)、『「国家主権」という思想』(勁草書房、サントリー学芸賞受賞)、『集団的自衛権の思想史―憲法九条と日米安保』(風行社、読売・吉野作造賞受賞)、『平和構築入門』、『ほんとうの憲法』(いずれもちくま新書)、『憲法学の病』(新潮新書)、『パートナーシップ国際平和活動』(勁草書房)など、日本語・英語で多数。
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