南ア・ナイジェリアへの侮蔑は“気まぐれ”ではない
ドナルド・トランプ米大統領の数々の意表を突いた態度の中でも、独特の性格を持っているのが、いくつかのアフリカ諸国に対する「イジメ」とも言える言動と政策だ。
就任後すぐに、南アフリカ共和国で白人が迫害されている、と主張し始めた。南アフリカ政府への不満を理由に、同国で開催されたG20サミットに代表を送らなかった。来年のアメリカがホストとなるG20サミットには、南アを招待しない、と述べている。
次に標的となったのが、ナイジェリアだ。「ナイジェリアでは何千ものキリスト教徒が殺されている」として、キリスト教徒への体系的な迫害が起きていると主張した。そしてナイジェリアを 「宗教的自由の重大な懸念国(Country of Particular Concern)」 に指定した。自身のSNSでは、ナイジェリア政府を責め立て、アメリカが何らかの手段でナイジェリアに介入する可能性があるとほのめかしさえした。
また、アメリカ国内のソマリア人を問題視する趣旨の発言を繰り返している。その過程で、ソマリア系移民を「ごみ(garbage)」と呼んだ、というメディア報道がなされ、ソマリアでは反発した人々が、抗議デモを行った。
ただし、アフリカ全域を常に徹底的に侮蔑しているわけでもない。ルワンダとコンゴ民主共和国の和平調停にあたっては、自らの成果を誇りつつ、両国政府の指導者を称賛した。その和平合意の調印式と同時にワシントンDCにケニアの大統領も招き、同国の保健制度に対する投資を行う二国間協定を締結した。
巷では、トランプ大統領は気まぐれな人物なので、政策に体系的な一貫性を見出そうとすることは不可能だ、という意見をよく見る。知識不足も加わってアフリカに対しては特にそうだろう、と思われている場合も多々あるようだ。
本稿は、それでもトランプ大統領の政策に、ある一定の考え方を見出そうとする。そのカギとなるのは、最近公刊された米国の『国家安全保障戦略(National Security Strategy:NSS)』における記述だ。
トランプ政権のアフリカ政策が成果を収めるかどうかは、不明だ。だが何らかの考えのある政策を行おうとはしている。そのことを無視して、トランプ大統領は気まぐれで無知な人物だ、という点だけに全てを還元してしまおうとするのは、必ずしも生産的な分析態度とは言えない。
国内の宗教右派・白人支持者層を意識した言動
トランプ大統領の南アフリカとナイジェリアに対する糾弾は、白人あるいはキリスト教徒に対する迫害が行われている、というものだった。その迫害を両国政府が主導しているわけではないとしても、迫害を止めるための政策を十分にとっていない、という理由で、双方の政府を突き放す発言を繰り返している。
これについては確かに、両国政府に不当に厳しい態度である、と思われる。南アフリカで白人に対する黒人層の怨恨がまだ残っており、それに起因すると見られる事件が根絶されていないのも事実だろうが、南ア政府がそれを扇動しているわけではない。ナイジェリア北部でボコ・ハラムやイスラム国西アフリカ州(ISWAP)などの勢力が、住民を襲撃する事例が多発しており、教会が襲われる事例も多数発生していることは事実である。しかしこれもナイジェリア政府が行っていることではない。
トランプ大統領の発言は、まずはアメリカ国内における自らの強力な支持基盤である南部白人層、あるいは特に宗教右派と呼ばれる層を意識しているのではないか、と推察される。アフリカにおける白人あるいはキリスト教徒の苦境は、南部白人右派層が、懸念を持っている問題である。トランプ大統領にとっては、この懸念を受け止めていると表現することが、合理的な行動だ。南アフリカ政府とナイジェリア政府に対して、白人とキリスト教徒の迫害を止めるように働きかけることは、国内の支持者層の基盤強化という観点から見ると、合理的である。
ただし、このように指摘することは、トランプ大統領が単に機会主義的に行動している、ということだけを意味するわけではない。トランプ大統領が、次期ローマ教皇の後任を決める「コンクラーベ」の行方に大きな関心を示したことは記憶に新しいが、独特の宗教観を持っている様子もうかがえる。2024年7月の共和党全国大会での受諾演説で、自らの暗殺未遂事件について振り返り、「この会場に立っていられるのは全能の神の恩寵によるものだ」と述べたことがある。2025年1月の大統領就任演説においても、暗殺未遂を踏まえて、「神によって救われたことで『再びアメリカを偉大にする』使命を果たすためにここにいる」という趣旨の表現を用いた。暗殺未遂事件一周年の際にも、「全能の神の摂理と恩寵によって命が救われた」と述べ、「神の恩寵」が自身の存在と結びついていることを強調してきている。
「神の恩寵」と国家存在を重ね合わせる思想は、アメリカ政治思想史の文脈では、「明白な運命(manifest destiny)」論として知られる。19世紀のアメリカ合衆国の驚異的な速度での領土の拡張を支えた思潮の説明であり、民族集団としてのネイティブ・アメリカンをほぼ殲滅した苛烈な軍事行動などを正当化する思想としても働いた。
拙著『地政学理論で読む多極化する世界』では、トランプ大統領の政治姿勢を「新しい19世紀」と概念整理して、「モンロー・ドクトリン」、「アメリカン・システム」、「大陸主義」、そして「明白な運命」論の観点から、とらえてみた。
この観点から考えると、トランプ大統領の思想の中に、キリスト教の宗教的権威で白人至上主義を正当化する要素があると言うことは、あながち的外れではないかもしれない。アフリカに対する態度にも、その要素が垣間見られることもあり得る。
国家安全保障戦略に記された「有能で信頼できる国」の意味
ただし、大統領の思想的傾向を指摘することは、トランプ政権にアフリカ向けの政策が全くない、ということまでは意味しない。『国家安全保障戦略(National Security Strategy:NSS)』文書の末尾に、非常に短いが、アフリカ向けの政策に関する説明がある。
そこでまず披露されるのは、アメリカの対アフリカ政策が、長い間「リベラル・イデオロギー」によって支配されてきた、という認識である。トランプ政権は、そこからの転換を図る。
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