「中東ユーラシア」に立ち上がる「非米」の枠組みから世界を視る
青木健太・笠井亮平・中東調査会編『中東ユーラシアから世界を読む:連結する地域と秩序再編』(岩波書店)
中東とユーラシアを「一体」として捉える
2025年は中東とユーラシアの情勢が大きく動いた1年だった。
イランの核開発を問題視するイスラエルが6月に攻撃に踏み切り、アメリカも対イラン攻撃に加わった。2023年10月以来続いてきたイスラエルとハマースの紛争も、25年9月にイスラエルがカタルの首都ドーハでハマース幹部を標的とした空爆を決行して大きな緊張が走ったが、10月初旬にはドナルド・トランプ米大統領が提示した20項目からなる「ガザ紛争終結のための包括的計画」を当事者双方が受け入れた。予断を許さない状況にはあるものの、大規模な戦闘がひとまず終結したことの意義は大きい。
ユーラシアに目を転じれば、5月にはインドが前月に同国のカシミール地方で発生したテロを受けてパキスタンに越境攻撃を行う事態が発生した。印パ停戦合意の「仲介」をしたというトランプ大統領の主張をめぐり印パの受け止めが分かれ、印米関係が悪化する一方で米パが急速に接近するという事態が生じた。ロシアのウクライナ侵攻をめぐってはアメリカによる和平案を当事者双方が受け入れるには至っていないものの、ウラジーミル・プーチン大統領は12月に訪印しナレンドラ・モディ首相と会談したほか、中央アジアのトルクメニスタンでトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領とも会談するなど、首脳外交を活発化させている。
インドとサウジアラビアが防衛面を含む戦略的関係を強化する一方で、9月にはパキスタンとサウジアラビアが相互防衛を盛り込んだ「戦略的相互防衛協定」に署名したように、安全保障分野で南アジアと中東が接近する展開も見られている。
各地で展開される事態を一括りにするわけにはいかない。だが、それぞれが独立して生じているというわけでもない。相互の関連を検討すること、すなわち点をつなげることで線と捉え、さらには面に拡げていくことで混沌とした世界の実像に近づけるのではないだろうか。
そこに新たな視座を提供するのが、中東とユーラシアを一体として捉えること、すなわち「中東ユーラシア」という概念であると筆者は考える。ユーラシアだけでも広大なのに、さらに中東も加えるのかと訝しがる向きもあるだろう。そもそも広義のユーラシアには中東の大部分を占める西アジアが含まれるではないか、あるいはヨーロッパまで含めるのか、という指摘もあるかもしれない。
ここで言う「中東ユーラシア」は必ずしも固定的な地理的範囲というわけではなく、中東と、ロシア、中央アジア、コーカサス、トルコ、南アジア、中国といった国・地域を中心としたユーラシアを合わせたものだと捉えていただきたい。
コネクティビティ(連結性)分野でもさまざまな構想
中東ユーラシアにおいて注目すべきなのは、この地域における多くの国が既存の国際秩序とは一線を画した動きを取っていることだ。もちろん、だからといって国連から脱退するというような話ではない。既存の国際秩序への参加は維持しつつも、その制約や限界を認識し、オルタナティブを模索しているのである。
その代表例は上海協力機構(SCO)だ。中露と中央アジア4カ国に加え、インドとパキスタン(2017年)、イラン(23年)、ベラルーシ(24年)と加盟国が徐々に増加している。他に「オブザーバー」と「対話パートナー」のカテゴリーがあり、多くは中東ユーラシアに属する国である。SCOは「地域安全保障」の組織と捉えられることが多い。たしかに安全保障は柱のひとつであることは間違いない。
しかし同時に、SCOは経済をはじめ非軍事的分野での協力を指向していることを見過ごしてはならない。とりわけ、2025年8月末に中国・天津で開幕したサミットで提唱された「SCO開発銀行(SCO Interbank Consortium)」設立構想は注目に値する。新興国主導の開発銀行は「BRICS銀行」や「アジアインフラ投資銀行(AIIB)」がすでに存在しているが、決済にはドルが用いられている。SCO開発銀行構想の場合、人民元かルーブルか、あるいは新たな通貨が採用されれば、「脱ドル化」を進行させることになる(BRICSも、金や加盟国の通貨で裏付ける新通貨「ユニット(Unit)」構想を打ち出している)。
コネクティビティ(連結性)分野でもさまざまな構想が提起されている。その代表的なものとして、「国際南北輸送回廊(INSTC)」が挙げられる。ロシアのモスクワからイラン、さらにアラビア海を経てインドのムンバイまでの区間で交通網を整備し、輸送にかかる時間とコストを短縮することで経済の活性化を図ろうとするもので、全長7200キロにもなる。なお、中継ルートはコーカサス(アゼルバイジャン)のほか、カスピ海や中央アジアを通るものもある。
INSTCは2000年にロシア、インド、イランによって協定が結ばれたが、具体化に向けた動きは限定的だった。しかし、ここにきてこの構想の具体化に向けた動きが加速している。この数年で、INSTCのルートで実際にロシアからインドまで木材等の貨物を輸送する試みも行われた。SCOサミットの共同宣言でも、東西の回廊と並びINSTCを含意する南北の回廊の推進が言及されている。
コネクティビティ構想が目指すのは一義的には経済分野の活性化であるものの、実際にはそれだけにとどまらず、地政学的・地経学的考慮にもとづいて推進される。INSTCも例外ではない。そして複数の国がかかわる国際的な構想であれば、参加国にはそれぞれの思惑がある。INSTCに関して言えば、湾岸諸国も見据えた「南」への進出をねらうロシア、地域のハブを目指すとともに国内の交通網を整備したいイラン、パキスタンを迂回して中央アジアへのアクセスを図りたいインドといった具合だ(『中東ユーラシアから世界を読む』の第2部「「連結」の新たな模索」では、INSTCの経緯や現状、関係各国の動向を詳しく論じている)。
こうした動きは「反米」で括られがちだが、必ずしもそうではない。当然ながら、アメリカとどう向き合うかは中東ユーラシア諸国でも温度差がある。中東だけでも、イランのようにアメリカと対立が続く国もあれば、サウジアラビアやカタル、バハレーンをはじめ米軍基地を受け入れている国もある。しかし、この地域におけるアメリカの関与が総じて漸減傾向にあるなかで、「非米」の枠組みや構想は今後ますます強まっていくのではないか。
日本に求められる「中東ユーラシア・クロスロード」構想
そして最後に、中東ユーラシアは日本にとっても無縁ではない点を指摘したい。日本はアメリカとの同盟を基軸とし、既存の国際秩序(およびそれを支える価値)を支持する姿勢は堅持しつつも、世界を取り巻く新たな状況に対応しないわけにはいかない。それは単に天然資源を中東に依存しているとか、インドをはじめ新興国との貿易・投資の拡大といった個別の関係にとどまるものではなく、中東ユーラシアのような広い地域を視野に入れた外交が必要になってくる。
日本は海洋国家として、広域のアプローチでは「海」を意識する傾向が強かった。「自由で開かれたインド太平洋(FOIP)」はその代表例だし、2025年8月の第9回アフリカ開発会議(TICAD 9)で日本が提唱した「インド洋・アフリカ経済圏イニシアティブ」も同様である。
一方の「陸」はどうかと言うと、2025年12月20日には東京で「中央アジア+日本」対話の初の首脳会合が開かれた。過去には2009年6月に麻生太郎総理(当時)が外交政策演説でユーラシアをタテとヨコの双方でつなげる「ユーラシア・クロスロード」構想を提唱したこともあった。それから16年以上の歳月を経て、この地域の重要性は高まるばかりである。中東ユーラシアで生じている地殻変動を踏まえた、「中東ユーラシア・クロスロード」構想が求められている。
青木健太・笠井亮平・中東調査会編『中東ユーラシアから世界を読む:連結する地域と秩序再編』(岩波書店)
◎笠井亮平(かさい・りょうへい)
岐阜女子大学南アジア研究センター特別客員准教授 1976年愛知県生まれ。中央大学総合政策学部卒業後、青山学院大学大学院国際政治経済学研究科で修士号取得。在中国、在インド、在パキスタンの日本大使館で外務省専門調査員として勤務。専門は日印関係史、南アジアの国際関係。著書に『中東ユーラシアから世界を読む:連結する地域と秩序再編』(共編著/岩波書店)、『インパールの戦い』『『実利論』古代インド「最強の戦略書」』(以上、文春新書)、『モディが変えるインド 台頭するアジア巨大国家の「静かな革命」』『インド独立の志士「朝子」』(以上、白水社)、『インドの食卓』(ハヤカワ新書)。訳書に『インド外交の新たな戦略 なぜ「バーラト」が重要なのか』(S・ジャイシャンカル著、白水社)などがある。