お通しは、一口にかぎる(写真はイメージです)
料理屋さんに入って、まず飲み物を注文し、メニューを見ているところに、
「お通しでーす」
小さな器が供される。嬉しい。店によってそれぞれの工夫がされていて、その店の意気込みを知るためにも大事な一品だし、なにより酒の相方として欠かせぬ存在である。
父は生前、食卓につくや飲むお酒を決めて、母や私に向かい、断りを入れるのが常であった。たとえば、「ビール!」と父に言われて冷蔵庫からビールを取り出し、食卓に運ぶと、
「まだ、出すな」
家族は聞き慣れているけれど、お店の人はたいてい驚く。ビール瓶を持ったまま、その場に立ち尽くす。注文されたから持ってきたのに、「出すな」とはどういうこと? という顔をしている。当たり前だ。しかし父には父の理屈がある。食べ物がなにも出ていないうちにビールだけ飲むことはできないのである。
酒の肴と一緒に最初の一口を飲みたい。それが父の信条であった。そういう父のわがままを、子どもの頃は「面倒臭い人だ」と思ったけれど、いつしか私もその血を引き継ぐようになっていた。立派な料理でなくてもいい。お酒を飲みながら、ちょこっとつまめるおかずがなにか欲しい。そう思うたび、「父とそっくりだ」と情けない気分になる。
だから私にとって、おいしいお通しはありがたい。
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