今年末に改定が予定されている戦略三文書を検討するうえで、中核的な問いの一つが、日本はどのようにして対中抑止力を構築するのかという点である。抑止力は意思と能力、そしてそれを相手に伝達することが重要とされるが、このうち能力は、配備された戦力規模だけでなく、戦略環境に適した戦力構成や戦い方によって成り立つ。
この点で、地理的に限定された領域での防衛を前提とする軍隊と、グローバルに展開する遠征軍とでは、求められる能力の性質は大きく異なる。後者に該当する米軍は、特定地域に特化することができず、世界全体の戦略環境や政治指導者が定める優先順位によって、その方向性が大きく左右される。
第二次トランプ政権は発足後、対中抑止よりも西半球防衛を最優先とする方針を打ち出し、政権発足から約1年が経とうとした時に、それを裏づける戦略文書を発表した。では、こうした優先順位の変化は、米軍の対中抑止の在り方にいかなる影響を及ぼしているのか。そして日本の防衛にどのような影響をもたらすのか。本稿では、米海軍に焦点を当てて分析する。
1. リバランス以降の米海軍
米国において対中脅威認識が高まり、アジア太平洋へのリバランスが進められるようになって以降、米海軍には大きく三つのトレンドが見られた。第一に、中東から西太平洋への戦力集中である。対テロ戦争期、米海軍は地上部隊を支援するために中東に戦力を重点的に配備していたが、2011年にオバマ政権がアジア太平洋へのリバランスを打ち出したことで、徐々に西太平洋への戦力シフトが進められた。
第二に、「戦力投射」から「海上優勢」への移行である。冷戦終結以降、米海軍は海から地上作戦に影響を及ぼす戦力投射を重視してきた。この発想は対中戦略にも適用され、2009年には空軍と共同でエアシー・バトル構想が提示された。しかし同構想は、中国本土の重要施設への打撃を前提とするためエスカレーション・リスクが高いとされ、加えて中国が進める海洋進出の進展に十分に対応できなかった。このため2016年頃以降、任意の海域において自軍の作戦行動を可能にしつつ敵の活動を阻止する「海上優勢」の確保が重視されるようになった。その結果、平素から第一列島線で中国に圧力をかけ、有事においては海上・航空優勢の獲得・維持を目指す「海洋圧力戦略」が形成された。
第三に、火力発揮基盤の「集中」から「分散」への転換である。従来、米海軍は空母打撃群に火力を集中させる構造をとってきたが、空母が仮に被弾した場合、その影響は極めて甚大であるうえ、中国もその撃破を意図した能力を整備している。そこで米海軍をはじめとする米国の国防コミュニティでは火力分散の構想が練られ、原子力潜水艦の重視や水上戦闘艦の打撃力強化などが考案された。特に水上戦闘艦の役割を増やす方向性が強調されるようになり、2015年には「武器分散(Distributed Lethality)」のコンセプトが打ち出された。
分散が志向されたもう一つの理由は、空母打撃群は多数の艦艇が集結するため遠方からであっても探知されやすいという脆弱性を抱えていたからである。この問題を緩和するうえで重要であったのが、アーレイ・バーク級ミサイル駆逐艦に加え、コンステレーション級ミサイルフリゲートや大型無人艦といった中型のプラットフォームの大量調達だった。それらを広い海域に展開させれば、中国軍による高価値目標の特定を困難にすることができる。武器分散から進められていた一連の取組は「分散海洋作戦(Distributed Maritime Operations)」として体系化され、とりわけバイデン政権下で強調されていた。
2. 逆行する第二次トランプ政権の海軍戦略
ところが、トランプ政権下でこの流れに変化が生じている。それを象徴するのが、2025年12月に正式に発表されたゴールデン・フリート(黄金艦隊)構想とトランプ級ミサイル戦艦、そして2026年2月に公表された『米海軍戦闘指針(US Navy Fighting Instructions)』である。これらは従来の西太平洋・海上優勢・分散重視の方向性から大きく変更を加えるものである。
米海軍戦闘指針は、艦隊構想と運用構想の二層から成る。
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