拙稿『フーシー派はどこまで「代理勢力」か』(4月16日付)では、フーシー派とイランの関係や、同派が持つ軍事オプションについて取り上げた。その中でも述べた通り、フーシー派は近年イランや反西側ネットワーク「抵抗の枢軸」との結びつきを深めており、ガザ紛争以降は軍事介入を行ってきた。
こうした同派の対外的な軍事行動は広く注目を集めている一方、同派がイエメン国内の内戦を戦うアクターであり、「事実上の国家」と称される統治を実施してきた点は捨象されがちである。そのため、本稿はフーシー派そのものに焦点を当て、思想・軍事・経済・国内治安の4つの視点から、同派の現在地を模索したい。
思想:ザイド派復興主義と反西側主義の二面性
フーシー派の政治思想については、しばしばザイド派復興主義と反西側主義の二面性が指摘されてきた。ザイド派はイエメン北部のローカルな宗派であり、「最もスンナ派に近いシーア派」とも呼ばれる通り、シーア派の一派であるもののイラン等他地域で信奉される12イマーム派とは思想的な距離感がある。9世紀にイエメンに伝播したザイド派は、1962年に共和制革命が勃発するまで北部諸王朝に信奉されてきた。
共和制革命は、預言者一族の末裔(サイイド)や、法務者(カーディー)などのザイド派エリート層の没落を招いた。両者はイエメンの社会階層において最上位と次点に位置付けられ、その没落に伴って台頭したのが3番目の上位階層である部族(カビーラ)であった。既得権益を剥奪されたザイド派エリート層は、1970年代からザイド派復興にかかる活動を開始したとみられ
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