イラン戦争が勃発してから1カ月が経過したが、ホルムズ海峡の実質的な封鎖が解除される見込みは未だに全く立っていない。イランは敵対国の船舶以外の通航を許可するとし、一部の国はイランから通航の許可を得たと発表しているが、既に民間船舶への攻撃を何度も繰り返しているイランの言動をどこまで信用できるかは不明だ。少数の船舶がホルムズ海峡を通航していることも確認されているが、開戦前は1日100隻以上の船舶が通航していたホルムズ海峡の海運は正常化からは程遠いのが現状である。
イランへの攻撃を仕掛けた側である米国・イスラエルは、断続的な空爆を実施しているものの、海峡の封鎖解除に向けた行動はほとんど取っていない。米国のドナルド・トランプ大統領は、イランを軍事的に壊滅させたと主張しながらも、ホルムズ海峡の安全確保については海峡経由で石油を輸入している国々が責任を持つべきだと繰り返し述べており、封鎖の解除に向けて主体的に関与する姿勢を見せていない。
国際社会における米国・イスラエルの対イラン攻撃への立場は様々であるものの、イランによるホルムズ海峡の封鎖継続に懸念を示す姿勢は一致している。日英仏独伊蘭の6カ国が3月19日に発出したイランを強く非難する共同声明は、その後参加国が増えて37カ国にまで拡大した。同声明では「ホルムズ海峡における安全な通航の確保を目的とした適切な取組に貢献する用意がある」として具体的な措置を講じることが検討されており、国連安全保障理事会では海峡の通航確保に向けて加盟国に必要な手段を用いることを認める内容の決議案も準備されている。
しかし、日本国内での議論は、ややピントがずれている印象も受ける。日本ではホルムズ海峡封鎖危機が起きるたびに機雷掃海に関する議論が高まるが、機雷の敷設は今回のような戦時においても実行が留保される最終段階の措置であり、現場で実際に起きている危機とは一致していない。また、日本外交における米国への配慮の必要性や、機雷掃海や船団護衛の参加に向けた法的根拠の整理は重要な課題であるが、海峡封鎖の解除をどのように実現すべきかという視点での議論が欠けているように思える。そして、これらの議論の前提として、そもそもホルムズ海峡の状況を含めた地域情勢がどのように推移していくかを十分に想定しておかなければ、これらは全て机上の空論になりかねない。
「想定されてきた」ホルムズ海峡封鎖シナリオ
ホルムズ海峡の封鎖は決して想定されていなかった事態ではない。イラン政府の高官や軍の司令官がホルムズ海峡の封鎖には何度も言及しており、そのたびに米国は海峡の封鎖は軍事行動を引き起こす「レッドライン」だと警告してきた。1980年代のイラン・イラク戦争では両国が相手関係国のタンカーをミサイル等で攻撃して石油輸送を妨害した他、1991年の湾岸戦争、2003年のイラク戦争ではイラクがペルシャ湾内に機雷を敷設したこともあり、先例にも事欠かない。
イランによるホルムズ海峡の封鎖シナリオについては、業界関係者の間で広く読まれてきた分析として2008年に国際学術誌International Securityに掲載されたケイトリン・タルマッジによる論文「封鎖の時間―ホルムズ海峡に対するイランの脅威の評価」がある1。同論文の特色は、機雷や対艦ミサイル、小型高速艇、潜水艦といったイランの非対称戦能力とそれに対する米国の対処能力に着目し、イランがどの程度の期間ホルムズ海峡の封鎖を維持できるのかを分析したことであった。
結論から述べると、タルマッジは、現在とは軍事上の諸条件が異なるものの、イランが敷設した機雷の掃海には28-40日、イランの対艦ミサイル能力の無力化には最短で9日、最長で72日かかると見積もり、海峡の封鎖解除には合計で1-4カ月の作戦期間を要すると結論付けている。これは当時においても米国が通常戦力ではイランを圧倒しており、移動式のミサイル発射機を発見・破壊することは困難であるものの可能だという前提に立った分析である。
しかし、タルマッジ論文においてより重要な視点は、海峡が「物理的に」封鎖されなくても、同エリアで軍事衝突が発生すれば保険料の上昇や輸送コストの増加が生じ、民間の船舶は航行を見合わせる可能性が高いと指摘していることだ。すなわち、米国は機雷の掃海や対艦攻撃への対処、小型高速艇や潜水艦の破壊といった軍事的な手段によりイランの物理的な封鎖能力を上述の期間で無力化できるかもしれないが、市場が正常な貿易活動の再開を確信するには時間がかかるため、経済的な影響はより長期にわたる可能性があるとしている。タルマッジは論文の発表から18年後の現在の状況を、恐ろしい程正確に予測していたと言えよう。
海峡封鎖は「強度」を上げることも可能
もっとも、国連海洋法条約ですべての船舶の通過通航権が認められる「国際海峡」の封鎖は明確な国際法違反であり、武力行使による解決が容認され得る極めてリスクの高い軍事行動である。従って、タルマッジを含め多くの専門家が指摘してきたように、イランが海峡の封鎖に踏み切ることは米国の軍事介入を招きかねず、自らの首を絞めることになるため不用意な行動を起こすことはないと見てきた2。イランは国連海洋法条約を批准しておらず、ホルムズ海峡についても通過通航権より制限の多い無害通航権しか認められないとの立場を取ってきたが、それが海峡の封鎖を正当化することはないとイラン自身も十分に理解していただろう。
今回の事態においてこれまでの想定と大きく異なるのは、次の二点だ。
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