総選挙へ向かうイスラエル 世論はイラン攻撃を支持もネタニヤフ政権の支持率は伸びず

執筆者:曽我太一 2026年3月31日
エリア: 中東
ネタニヤフ政権はトランプ大統領にイスラエルで最も栄誉ある賞「イスラエル賞」を授与することを決めている[昨年末、トランプ大統領はフロリダ州の私邸「マール・ア・ラーゴ」にネタニヤフ首相を招いて会談した=2025年12月29日](C)Amos Ben-Gershom(GPO)
イスラエル議会は今年10月末に任期を終えるが、諸々の事情から選挙は6月末から9月初旬までの実施が予想される。ネタニヤフ首相はイラン攻撃による追い風効果を期待し、実際に最近の世論調査ではハメネイ師を殺害した軍事作戦を評価する声が多かった。ただし、与党リクードの政党支持率は、攻撃前後で変化は見られない。ネタニヤフ政権の存続も、今後の戦局や出口戦略にかかっている。

 

 

ネタニヤフ首相にとってチャンスだったトランプ政権

 2026年2月28日、イスラエルは再びイランへの軍事攻撃を開始した。中東で唯一、事実上の核保有国であるイスラエルは、1981年にはイラク、2007年にはシリアで核開発施設を攻撃し、中東で他の国が核兵器を保有しようとするのを阻止してきた。イラク、シリアにおける破壊作戦は、いずれも当時のアメリカ大統領の同意の下で実施された。イランの核問題が表面化して以降、イスラエルはその戦略的フォーカスをイランにシフトし、2010年にイランの核開発施設に対する大規模サイバー攻撃「オリンピック作戦」や、核科学者や革命防衛隊幹部の暗殺作戦などを実施してきたが、大規模攻撃については、アメリカ大統領からの了承が得られなかったとされる。この意味で、イスラエルは米トランプ政権下で千載一隅のチャンスをものにしたと言える。

 このチャンスは、2023年10月以降のイスラエルによる軍事攻撃によって作り出されたものだ。イスラエルの攻撃で、ガザ地区のイスラム組織ハマスやイスラム聖戦は壊滅状態に陥り、レバノンのシーア派組織ヒズボラも指導者ハッサン・ナスララ師を暗殺され弱体化。イランからヒズボラへの兵器支援の輸送回廊となっていたシリアでは24年12月にアサド政権が崩壊し、兵器支援は困難になった。さらに、イエメンのフーシ派も打撃を受けたことで抑止された状態となり、文字通り、イスラエル包囲網であるイランの傀儡勢力、いわゆる「抵抗の枢軸」は機能不全に陥った。

 一方、アメリカのドナルド・トランプ大統領は去年6月、イスラエルがイランの迎撃システムを麻痺させ露払いをした状態で、「真夜中の鉄槌(Midnight Hammer)作戦」を成功させて軍事作戦への自信を深めた。今年1月にはベネズエラでニコラス・マドゥーロ大統領を拘束する「断固たる決意(Absolute Resolve)作戦」を成功させ、中間選挙を前にさらなる成果を求める中、イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相による熱烈な説得を受けて、合同での「壮絶なる怒り(Epic Fury)作戦」に乗り出した。

 そもそもイスラエルは、イランとアメリカの間で核合意が成立することを強く警戒してきた。アメリカは2012年頃から当時のオバマ政権がオマーンを通じて極秘裏にイランとの核協議を開始したが、秘密交渉にしたのはイスラエルなどの反発を懸念したためとも言われる。そして核交渉が合意に近づいた2015年3月、ネタニヤフ首相は外交的な報復と言わんばかりに、バラク・オバマ大統領への事前通告なく共和党の招きでアメリカ議会に登場し、核合意に反対する演説を行った。

 その約3年後の2018年5月8日、第1次トランプ政権はオバマ政権が成立させたイラン核合意からの離脱を決定した。この裏にはネタニヤフ首相の働きかけもあった。イスラエルの国防関係者の間では、核合意離脱によりイランが核兵器保有に近づいているという懸念が示されていたが、次のバイデン政権は新たな核合意をまとめられないまま24年の大統領選を迎え、第2次トランプ政権へと移行したのだった。

イラン攻撃を支持するイスラエル社会

 イスラエルにおいてイラン問題は、最も政治化されていない問題と言える。社会の分断が深まる中で、イスラエル国民がイラン問題では一枚岩となることは過去の記事でも説明したが、今回の攻撃も多くの国民から支持を得ている。イスラエル民主主義研究所の最近の世論調査では、ユダヤ系イスラエル人では74%が「強く支持する」、19%が「ある程度支持する」と回答し、支持する人の割合は計93%に上った。アメリカでイラン攻撃を支持する人の割合が低いのとは極めて対照的だ。

 さらに、国内の政治的分断の根源となってきたネタニヤフ首相のリーダーシップについても、今次の対イラン軍事作戦では全体の74%が「適切に作戦指揮をしている」と回答し、左派でも40%、中道でも62%が首相の対応を支持している。イラン問題への取り組みとアメリカとの親密な関係から「ミスター・イラン」「ミスター・アメリカ」と呼ばれたネタニヤフ首相にとっては、2023年10月のハマス攻撃以降の外交的な孤立で傷ついてしまった名声を回復したと言えるだろう。

 ただし、この調査は、37年間にわたってイランを率いてきた最高指導者アリ・ハメネイ師を開戦初日の攻撃で暗殺し、イスラエル視点から見れば歴史的な「作戦成功」の後に実施されたものであり、結果論的に市民が前向きに捉えたとも言える。

 というのも、軍事作戦前に行われた世論調査では、去年6月に続くイランへの直接攻撃の是非について意見が分かれていた。2月3日に公表された調査では、ユダヤ系イスラエル人のうち、イスラエルによる直接攻撃を支持していたのは48%で、46%がイランからの攻撃があった場合にのみ攻撃すべきと回答し、慎重な姿勢を見せる人も少なくなかった。

「衝突は不可避」と予想していた専門家

 イスラエルがこのタイミングでイラン再攻撃に踏み切った背景には、25年6月の12日間の攻撃では、イランの軍事的脅威を排除しきれなかったことが背景にあると考えられる。昨年6月までは、長い敵対関係にもかかわらず、イスラエルとイランが直接的に武力衝突に至ることはなかった。

カテゴリ: 政治
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執筆者プロフィール
曽我太一(そがたいち) エルサレム在住。東京外国語大学大学院修了後、NHK入局。北海道勤務後、国際部で移民・難民政策、欧州情勢などを担当し、2020年からエルサレム支局長として和平問題やテック業界を取材。ロシア・ウクライナ戦争では現地入り。その後退職しフリーランスに。
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