韓国にも理解してほしい「極東1905年体制」における日米韓安全保障協力の意味

千々和泰明『日米同盟の地政学:「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)

執筆者:千々和泰明 2026年5月15日
タグ: 日本 韓国
エリア: アジア
日韓両国の安全保障はきわめて密接な関係にある[法隆寺を見学する李大統領と高市首相=2026年1月14日](C)ZUMA Press Wire via Reuters Connect

 東アジアの安全保障環境が急速に変化する中、安全保障を専門とする千々和泰明・日本大学准教授の著書『日米同盟の地政学:「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)が、韓国で翻訳出版された。

 千々和氏は、韓国語版に寄せた序文の中で、韓国の人たちにも、日米同盟が単なる日米の二国間同盟ではなく、「米日・米韓両同盟」という安全保障システムの一機能であることを理解してほしいと語る。

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日韓首脳の固い握手の背景

 日本の古都・奈良斑鳩にある法隆寺は、7世紀に建立された、現存する世界最古の木造建築群である。世界遺産にも登録されているこの寺院を、日本人は歴史と文化の拠り所として大切に守ってきた。筆者は2025年秋にはじめて法隆寺を訪れ、建築物だけでなく、慈愛に満ちた表情の百済観音像など圧巻の仏教美術の前にしばし立ちつくした。これらは古代朝鮮から日本に伝わった技術の影響を受けているといわれる。日本と朝鮮のあいだで遠い過去から交流が持たれ、それがかけがえのない文化を生み出したのだ。

 筆者が法隆寺を訪れてから2カ月後の2026年1月14日、奈良出身の高市早苗首相は、同じ場所に韓国の李在明(イ・ジェミョン)大統領を招待した。李政権の誕生に際し日本では、岸田文雄、ジョー・バイデン、尹錫悦(ユン・ソンニョル)の三首脳によって日米韓安全保障協力の強化をうたった2023年8月18日の「キャンプ・デービッド合意」の将来を懸念する声もあった。しかし、日韓両首脳の法隆寺でのツーショットは、こうした懸念を払拭させるのに役立った。歴史認識問題なども引きずり、必ずしも常に良好というわけではない複雑な日韓関係にあって、保守派として知られる日本首相と、革新派の韓国大統領が固く手を握るのは、中国の軍事的台頭や北朝鮮の核・ミサイル能力の向上といった、東アジアにおける国際安全保障環境の急速な悪化と無関係ではない。

現在も持続する「極東1905年体制」

 本書『日米同盟の地政学』は、東アジアの安全保障の要である日米同盟を主題に、これが日米「二国間」同盟としてアメリカの他の同盟網から独立して存在しているようにとらえることは錯覚だと論じている。日米同盟は、アジア太平洋においてアメリカを核(ハブ)とした「ハブ・アンド・スポークス型同盟網」(スポークは放射状に広がった複数の線。日米同盟や米韓同盟などを指す)の一部である。かつ、このような同盟網のなかで、アメリカ軍による日本の基地の使用を介して、特に米韓同盟と密接な関係にある。むしろ日米同盟は、「米日・米韓両同盟」という安全保障システムの、一機能だとさえ見ることができる。

 このような安全保障システムの背景となる地域秩序は、筆者が「極東1905年体制」と呼ぶものである。これは、「東アジアにおける伝統的な覇権国である中国が弱体、あるいは自制的であることを前提に、日本と、日本にとって地政学上重要な朝鮮(少なくともその南部)、そして台湾が、パワーの裏づけによって同一陣営にグリップ(関係維持)されているという秩序」と定義される。このような秩序は、1905年に、アメリカ・イギリス・ロシアの国際的な承認を得て形成された(ただし、筆者に、日本による朝鮮の植民地支配を正当化する意図はないことはご理解いただきたい)。

 実は1945年の日本帝国の崩壊後も、「極東1905年体制」は持続することになったと考えられる。そして、この体制へのパワー面からの裏づけとなってきたのが、とりわけ「米日・米韓両同盟」という安全保障システムだった。

 そのように考えれば、安全保障環境の悪化にともない日米韓安全保障協力が強化されることは、戦略的・地政学的観点からは自然な成り行きであるといえるだろう。2023年、当時の尹大統領があえて8月15日(韓国でいう光復節)という日を選んで、朝鮮有事を想定した場合の日本の基地の重要性を強調したことも象徴的だった。

「日本的視点」と「第三者的視点」のギャップ

 筆者による「極東1905年体制」論は、日本の保守的な『産経新聞』からリベラルな『毎日新聞』まで、さらには韓国の『ハンギョレ新聞』でも取り上げられ、議論を呼んだ。とりわけ南基正(ナム・キジョン)・ソウル大学教授からは、日本において歴史認識問題が後退し、地政学の封印が解かれつつある一例として批判的にご紹介いただいた(南「封印された歴史―韓国から見た安倍政治」『世界』2023年8月号)。これは意義深い批判である。たしかに筆者と南教授は現代の「極東1905年体制」への評価をめぐっては見解を異にしているが、それにもかかわらず、日本の安全保障と韓国のそれとがきわめて密接な関係にあることについては共通理解があるからだ。

 本書では議論をさらに掘り下げ、日米同盟をめぐる仕組みや思考様式には、日本側の「こうあってほしい」という願望や、日本の国内政治上の都合による側面があるのではないかと指摘した。「日本が欲しない朝鮮でのアメリカの戦争に巻き込まれないようにしておきたい」という考えなどはその典型である。これを本書では「日本的視点」と呼んでいる。これに対し、今日本に必要とされているのは「極東1905年体制」論のような「第三者的視点」ではないかと考えている。日本以外の国ぐにの見方も踏まえつつ、現状を歴史的背景あるいは地域全体のなかに置いて俯瞰する見方と言い換えることができる。冨田浩司前駐米大使は『共同通信』配信の新聞書評のなかで、こうした本書の意図について丁寧に紹介して下さった。

 朝鮮有事のみならず、台湾有事への懸念が広がる現代、日米同盟をめぐり本書が指摘する「日本的視点」と「第三者的視点」のギャップの克服がますます重要になってきている。2025年11月7日、高市首相は国会で、台湾有事が日本の平和安全法制でいうところの「存立危機事態」に該当しうる(つまり日本は集団的自衛権を行使しうる)と答弁し、中国側から激しい反発を浴びた。存立危機事態とは、日本国内においては、戦力不保持を定めた日本憲法との整合性を図りつつ、集団的自衛権行使を限定的な局面でのみ容認するための法的概念であり、本来抑制的な性格を持つものである。しかし、日中関係の文脈では、「台湾有事に日本が介入する口実」として受けとられてしまったのではないか。ここにも「日本的視点」と「第三者的視点」のギャップという背景が指摘できそうである。

「ドンロー主義」下の新しい安全保障戦略

 そもそも集団的自衛権行使の限定容認とは、アメリカに「巻き込まれる」との批判にもかかわらず、高市首相の政界での師といえる故・安倍晋三元首相の政権時代に、「さもなくば日米同盟が危機に瀕する」という文脈でなされたものだった。ところが高市首相答弁後の同月25日、高市首相と電話会談したドナルド・トランプ米大統領は、中国を刺激しないように首相に助言  したと報じられている。「巻き込まれ」論は、潮目を迎えたようである。

 日米首脳電話会談の直後、トランプ政権が発表した「国家安全保障戦略」は、西半球優先のいわゆる「ドンロー主義」を掲げた。アメリカが、ウクライナをめぐってロシアと、台湾をめぐっては中国と「ディール」をおこなう、大国間協調が現実味を帯びつつある。

 中国は、「極東1905年体制」のような地域秩序を受け入れることはないだろう。結局東アジア地域における課題は、地域のすべての当事者が合意できる地域秩序観というものが存在しないことである。したがって、現状を平和裏に維持するためには、外交のみならず抑止力の構築が不可欠ということになる。ドンロー主義下のアジア太平洋では、アメリカの防衛コミットメントを確保していくことに加えて、ハブ・アンド・スポークス型同盟網のなかで、条約上の同盟国ではない国や地域同士の連携、いわゆる「ミニラテラリズム」の発展が期待される。

 そうしたなかで、日本が引き受けるべき安全保障上の責任はますます大きくなってきている。今年2026年、日本は新たな安保三文書(「国家安全保障戦略」・「国家防衛戦略」・「防衛力整備計画」)を策定する予定であり、2月8日の総選挙での歴史的大勝によって国内基盤を固めた高市政権の下で、安全保障をめぐる議論は関係国や地域を巻き込んで一層活発化していくだろう。

 このような時期に、日米同盟と、韓国をはじめ東アジア地域とのつながりが持つ意味について、本書の韓国語版を通じ韓国の読者諸賢とともに考えていくことができれば、筆者にとってこれに優る喜びはない。

◎千々和泰明(ちぢわ・やすあき)

日本大学国際関係学部准教授 1978年生まれ。福岡県出身。広島大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。京都大学大学院法学研究科COE研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)、防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査、防衛研究所主任研究官、同研究所国際紛争史研究室長を経て、2026年より現職。著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房、第7回日本防衛学会猪木正道賞正賞受賞)、『戦争はいかに終結したか』(中公新書、第43回石橋湛山賞受賞)、『戦後日本の安全保障』(中公新書)、『世界の力関係がわかる本 』(ちくまプリマー新書)など。国際安全保障学会理事。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
千々和泰明(ちぢわやすあき) 日本大学国際関係学部准教授 1978年生まれ。福岡県出身。広島大学法学部卒業。大阪大学大学院国際公共政策研究科博士課程修了。博士(国際公共政策)。京都大学大学院法学研究科COE研究員、日本学術振興会特別研究員(PD)、防衛省防衛研究所教官、内閣官房副長官補(安全保障・危機管理担当)付主査、防衛研究所主任研究官、同研究所国際紛争史研究室長を経て、2026年より現職。著書に『安全保障と防衛力の戦後史 1971~2010』(千倉書房、第7回日本防衛学会猪木正道賞正賞受賞)、『戦争はいかに終結したか』(中公新書、第43回石橋湛山賞受賞)、『戦後日本の安全保障』(中公新書)、『世界の力関係がわかる本 』(ちくまプリマー新書)、『日米同盟の地政学:「5つの死角」を問い直す』(新潮選書)など。国際安全保障学会理事。
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