日英伊3カ国による次期戦闘機プロジェクト「GCAP(グローバル戦闘航空プログラム)」の周辺がきな臭くなってきた。同じ「第6世代戦闘機」としてライバル視されていた仏独西の「FCAS(将来戦闘航空システム)」が仏独の対立で昨年来開発が中断。次世代戦闘機を求めるスウェーデン、ポーランドなどはGCAPに関心を寄せ、そこにFCASからの乗り換えを探るドイツが加わり、さらにカナダがGCAPへのオブザーバー参加を検討中とも報じられた。グリーンランド接収やカナダ併合など暴言を繰り返す米大統領ドナルド・トランプ(79)に対する不信感が増幅させた脱アメリカ感情が背景にあることは言うまでもない。ただ、高まる注目度とは裏腹に、GCAP計画そのものの進捗は芳しくない。
GCAPまで国防費が回らなくなった英国
4月1日、日英伊3カ国の政府の立場からGCAPを管理・監督する国際機関「GIGO(ジャイゴ)」(英バークシャー州レディング)が、プロジェクトの受け皿として3カ国の防衛大手が設立した合弁会社エッジウィング(同)との間で「初契約」を締結した。これにより、6.86億ポンド(約1470億円)の資金がエッジウィングに拠出されることが決まったのだが、この契約は2025年末に結ばれる予定だったうえに、拠出金額も本来の長期契約が成立した場合の「50分の1」に満たないレベルだった。
GIGOやエッジウィングの関係者があくまで「つなぎ」と形容する短期契約になった原因は英国の財政事情にある。2025年秋をメドにまとめるはずだったイギリスの新たな「防衛投資計画(DIP=Defence Investment Plan)」の策定がずるずると長引き、2026年5 月上旬の現在に至るまで、英国首相キア・スターマー(63)は発表に漕ぎ着けていない。このDIPがまとまらないがゆえに、GCAP設計・開発資金をフルに拠出できないのである。なぜ、スターマー政権が国防費の投資計画をまとめられないのか。
2025年6月2日、スターマー首相はスコットランド南西部の工業都市グラスゴーにあるBAEシステムズの造船所で記者会見を開き「戦略防衛見直し(SDR=Strategic Defence Review)」の内容を発表。「技術革新」「NATO(北大西洋条約機構)との同盟強化」「核抑止」の3本柱を軸とした2035年までの10年間の英国防衛の方向性を明らかにした。
このSDR発表に先立ってスターマーは2025年2月に2024年時点でGDP比2.3%だった国防費を2027年までに2.5%、2029年以降に3%を目指すと議会で表明。増額分の財源捻出のため政府開発援助予算を減額することも明らかにし、国防政策の大きな転換であると宣言した。グラスゴーの記者会見では、SDRの資金調達の裏付けとなるDIPを、早ければ2025年9月にも公表する見通しを示している。
ところが、その当初見通しの2025年9月から半年を過ぎた現在もなお、政権内でDIPの策定作業が続いている。ロシアの攻勢によって追加負担を繰り返し迫られるウクライナ支援に加え、2026年2月末にはアメリカとイスラエルがイラン攻撃を開始。混迷の度を増す中東情勢への対応で英国防費は一段と膨張を余儀なくされている。
SDRに沿えば、スターマー政権の初年度に当たる2024年度に602億ポンド(約12.9兆円)だった国防費は、2025年度に622億ポンド(約13.4兆円、3.3%増)に増え、さらに2028年度には735億ポンド(約15.8兆円)に拡大する。英政府は2025年に50億ポンド(約1兆750億円)の軍事費を追加投入したが、英国防省の最近の統計によると、現行の国防予算では今後4年間で計280億ポンド(約6兆200億円)の不足が生じる見込みと2026年4月15日付フィナンシャル・タイムズ(FT)は報じている。
さて、ここからがGCAPの話になる。一連の事情でGIGOとエッジウィングの初契約は「つなぎ」扱いとなり、金額は6.86億ポンド、契約期間は6月末までとなった。本来予定していた長期契約ならば、イギリスの拠出金額はどのくらいになるはずだったのか。参考になるのは、2026年の年明けにイタリア議会上院防衛委員会がGCAP設計・開発におけるイタリアの負担分として公表した約186億ユーロ(約3.5兆円、約160億ポンド)という金額だ《詳細は拙稿「日米欧『重工業衰退』の将来図(8)》。
GCAPの設計・開発費用は3カ国共同開発が決まった直後から「日4:英4:伊2」の割合で分担する方向で議論されており、日本とイギリスの負担額をイタリアの2倍とすれば、直近の為替レートではそれぞれ約7兆円、約320億ポンドとなる。つまり、GCAPの開発母体であるコンソーシアムのエッジウィングは、当初の予定では昨年末に受け取るはずだった資金を3カ月待たされた挙げ句、しかも金額は50分の1弱しかなかったということなのだ。
イタリアは支払い先送りが狙い?
「軍用機、旅客機を問わず、航空機開発に遅延はつきもの」との見方もあるかもしれない。では、スターマー政権が3カ月後にDIPの発表に漕ぎ着けられるのかというと、英国内では悲観的な観測が支配的だ。
こうした英国の財政窮状を深刻に捉えているのが日本の防衛省である。GIGOのトップである首席行政官の岡真臣(62)は4月1日付のエッジウィングとの初契約について「プログラムの重要な節目だ」とのコメントを発したが、プロジェクト関係者の間からは「率直にいって、ひどい状況」といった不満の声が漏れている。
日本は航空自衛隊の現行戦闘機「F2」(配備開始は2000年)の退役に合わせ、GCAPが開発する「第6世代戦闘機」の2035年配備を必達目標としている。
これに対し、英伊両国は現行機「ユーロファイター・タイフーン」(同2003年)の退役まで余裕があり、有人機単体よりも無人機(ドローン)や人工衛星、地上・海上部隊などの複数のシステムを連携して一体運用する最先端の「システム・オブ・システムズ」(独仏西のFCASでは「戦闘クラウド」と呼ばれている)の開発に重点を置いている。
こうしたタイムテーブルの逼迫感の違いからなのか、英国内ではスターマー政権のDIP策定の遅れは世論の厳しい批判を浴びているものの、GCAPプロジェクトに及ぼす影響についてはさほど問題視されていない。
またイタリアでは、前述したようにGCAP開発負担額が186億ユーロであることが2026年1月に公表され、このうち約20億ユーロは既に支出済みだったことから、残り約166億ユーロの拠出について上下院で討議に付された。次期戦闘機の共同開発構想が浮上した5年前、約60億ユーロと見積もられていたイタリアの負担額が3倍強に膨張したことに批判が集中した結果、2月12日に下院国防委員会が承認した金額は半分強の87.7億ユーロにとどまり、残り78.3億ユーロは「後日手当てする」とされた。この“半分強の承認”について「開発費の大幅な膨張に反発する意図的な支払いの先送り」といった見方が囁かれ、作業の進捗を案ずる日本側に英伊両国の資金枯渇への懸念が急速に広がったとFTなど欧州メディアが報じている。
日本は「インテグレーター役」に経験不足
一方、日本が悲願としてきた戦闘機開発における「技術主権」は手中にできそうなのか。GCAPの設計・開発作業は「機体」「アビオニクス(航空電子機器)」「エンジン」の3領域に分けられ、日英伊3カ国の企業が共同企業体やコンソーシアムを組んで進めているが、日本勢の影が薄いのは否めない。
機体の構造や全体的な統合設計を担当するエッジウィングは2025年6月20日にBAEシステムズ、レオナルド、それに日本航空宇宙工業会と三菱重工業が出資する日本航空機産業振興(JAIEC、東京・新宿)の英伊日3社が33.3%の均等出資で設立したJVだが、最高経営責任者(CEO)にはレオナルド出身のマルコ・ゾフが就任。またGCAPプロジェクトにおけるソフトウェア開発は、英国防省が提唱しBAEシステムズが主体となって開発した「PYRAMID」と呼ばれるアビオニクス・アーキテクチャーが採用され、実際の作業には英国の航空電子業界から多数のエンジニアの参加が見込まれる。
「第6世代」機開発の焦点となっているアビオニクス分野で、特に重要視されているのはISANKE(Integrated Sensing and Non-Kinetic Effects)やICS(Integrated Communications systems)の略称で呼ばれるセンサー・通信の統合システム。設計・開発を手がける実務スタッフを束ねる組織として、2025年9月9日に新たな国際コンソーシアム「GCAP Electronics Evolution(G2E)」が立ち上がった。
G2Eはエッジウィングの下請けメーカーのような位置づけで、英国のレオナルドUK(ロンドン)、イタリアのレオナルドと電子防衛システム専業のELTグループ(ローマ)、日本の三菱電機の計4社が協定を結び発足。本拠をエッジウィングと同じ英レディングに置き、GCAPの前身である「テンペスト」プロジェクトの時代から次世代戦闘機のISANKE&ICSを担当してきたレオナルドUK出身のアンドリュー・ハワードがリーダー役を務める。
3つ目の領域であるエンジン開発では表向き、英国向け戦闘機の主契約者は英ロールス・ロイス、イタリア向けは伊アビオアエロ(トリノ、米GEエアロスペースの子会社)、日本向けはIHIと3カ国の国別に振り分けられているが、アビオニクスのG2Eと同日の2025年9月9日に新型戦闘機エンジンの設計・開発を国際分業で手がける協力協定に3社が調印。新型エンジンの動力・推進システムの設計を主導するのはロールス・ロイスと見られている。
「機体」「アビオニクス」「エンジン」の3分野で日本企業は個別に数々の卓越した技術を有している。特にアビオニクス分野では、三菱電機が防衛通信衛星「きらめき」で実績を積んだXバンド(短い波長で雨の影響が少ない帯域)の衛星通信をはじめ、高速移動する目標の検知・追尾に優れたAESA(Active Electronically Scanned Array、能動型電子走査アレイ)レーダー、高速・小型化が可能でスイッチング能力の高い窒化ガリウム(GaN)半導体といった技術を確立。また、三菱重工業は2009〜17年に研究・テスト飛行を行ったステルス研究機「X-2」で電波吸収材やステルス形状設計、自己修復型フライトコントロールシステムなどの技術を実証したとされる。
ただ、日本の防衛装備品製造では、各サプライヤーに部・資材を個別に発注し、納品されたものを連接・統合するインテグレーターの役割を防衛省・防衛装備庁が果たしてきたのに対し、BAEシステムズやレオナルドは国の枠組みを超えたプロジェクトでシステム全体を統合する責任を長く担ってきた。三菱電機が“目と耳”(センサー・通信)を、三菱重工が“胴体と神経”(機体・制御)を成形できたとしても、“人”にするまでにはまだ高いハードルがあるということだ。
国防費の調達で弱みを抱える英伊両国にとって、財政規律の緩い日本は格好のスポンサーだろう。個別技術を吸い上げられた一方でソース・コード(飛行制御ソフト)さえ開示されず、“支払い伝票”だけ突きつけられた日米共同開発戦闘機「F-2」。40年前のあの屈辱を繰り返さない道を切り開くのは容易なことではない。 (敬称略)