ホルムズ海峡危機で加速したエネルギー転換が「中国依存」に行き着くリスク

執筆者:小山堅 2026年5月14日
タグ: 中国 脱炭素
中国は「電力国家」への道を追求している[中国・江蘇省の蘇州港で輸出を待つEV=2026年5月11日](C)CFOTO via Reuters Connect
中東石油への依存度を低下させるための手段として、EV(電気自動車)や再生可能エネルギーへの転換が急加速している。だが、石炭を重視する動きも同時に現れているように、この変化の動因は「脱炭素」ではなく「エネルギー安定供給の確保」に求められる。また、EV・再エネの推進が「価格競争力の高い供給源」の重視を前提に進めば、中国のクリーンエネルギーにおけるドミナンスを一層際立たせることになりかねない。最も競争力の高い供給源から離れようとすれば、コスト上昇は避けられない。それを受容できるかどうかが、どの国においても問われることになる。

 ホルムズ海峡の実質的封鎖という、常識では考えられなかった未曽有の事態が発生してから2カ月半が経過したが、いまだに事態正常化の道筋は見えない。米国とイランの間の協議を巡る駆け引きが続き、「合意」成立に関する期待の高まりも見られているが、その先行きは不透明である。仮に「合意」が成立したとしても、ホルムズ海峡の通航が正常化するには相当な時間が掛かることは間違いない。それは、週単位ではなく、月単位であろう、とみなす意見も多い。ましてや、協議が難航し時間が掛かる場合や、協議がまとまらず、軍事攻撃が再開される可能性すらある。

 もう一つ重要なのは、ホルムズ海峡の通行が時間の経過と共に正常化に向かうにせよ、同海峡の通航を支配することはイランの生き残りにとって最重要の戦略カードであることをイランが認識したことである。今後、世界はこの現実にも向き合う必要がある。

 ホルムズ海峡の実質的な封鎖が長引く中で、原油・石油製品・液化天然ガス(LNG)価格は、乱高下しつつ高止まりを続けている。これまで世界では中東からの大幅な供給低下に対して、備蓄放出なども含め石油在庫取り崩しで対応してきたが、このまま実質的封鎖が続くと、石油市場がさらに需給逼迫感を強め、原油価格などが変動水準を一層切り上げていく可能性もある。そして海峡封鎖の長期化は、エネルギー価格高騰だけでなく、より深刻な問題として、必要なエネルギーの入手困難、すなわち、物理的な不足の発生をもたらす可能性を高めることになる。

3月の欧州EV販売は前年同月比で5割増

 こうした中、世界では対応戦略として、備蓄放出、ホルムズ海峡経由の供給以外の代替供給源確保、石油節減などが実施されている。備蓄に乏しく、中東依存度が高いアジアの途上国などでは、危機対応として強力な石油節減などが実行されている。

 しかし、これらの対策と同時に、世界的に注目されるようになっているのが、中東石油への依存を低下させるための手段としてのエネルギー転換(Energy Transition)である。例えば、内燃機関自動車からの転換としてEV利用が推進される動きが急速に進みつつある。また、同様にエネルギー源多様化と自給率向上のため、再生可能エネルギーの普及促進が加速化し、合わせて蓄電池等の普及も加速化する潮流も現れている。

 報道等によると、本年第1四半期における欧州主要市場でのEV販売は前年同期比で約3割増になったという。また、3月単月では前年同月比5割増ともいわれている。東南アジア諸国など、ホルムズ海峡危機で甚大な悪影響を被っているアジアの発展途上国でもEV販売が急伸している。特に価格競争力の高い中国製のEVの伸びが著しい。この動きに合わせるように、太陽光発電など、再生可能エネルギーの導入加速に向けた動きも顕在化しつつある。これらの動きは、ホルムズ海峡危機への対応として、化石燃料からの転換を図るエネルギー転換が加速化し出した、と見ることができるだろう。

「脱炭素」が主因ではないEV販売の急進

 エネルギー転換は、日本、欧州、米国、中国など主要国が相次いでカーボンニュートラルを国家戦略に位置付けた2020年前後に、世界中が注目するキーワードとなった。世界がEVや再エネの推進に向かって動き出し、大きな潮流となった。しかし、実はここ1~2年ほど、その潮流はやや勢いを失い、「踊り場的」な状況にあるとの指摘も聞かれるようになっていた。最大のポイントは、エネルギー転換を進めることで、暮らしや経済のエネルギーコストが上昇し、それを社会が受容することはそう容易でないという実態が明らかになってきたことである。

 しかし、今回のホルムズ海峡危機はその状況に変化をもたらした。すなわち、再び、エネルギー転換への取組みを強化する作用がもたらされつつあるのである。ここでポイントとなるのは、エネルギー転換を推進する動因(Driving force)が変わった、ということである。2020年以降に動き出したエネルギー転換の動因は脱炭素化であった。気候変動対策を強化し、地球環境を保全するという「理想」あるいは「地球益」を追求するためのエネルギー転換であったともいえる。それはエネルギーコストの上昇という現実によって影響を受けざるを得なかった。しかし、今回の動因は、安定的に、手頃な価格で暮らしや経済に必要なエネルギーを確保するという、より身近で、切迫した、喫緊課題への対応である。だからこそ、特に甚大な影響を被ったアジアでも、取り組みに対する急速な盛り上がりが見られている、ということができる。

 ただし、ここで留意すべきなのは、動因が脱炭素ではなく、エネルギー安定供給確保ということである。そこから、今般危機への対応として、EVや再生可能エネルギーなどの推進だけでなく、アジアでは石炭の利用を重視する動きも現れている、ということに注目する必要がある。

 中国、インド、東南アジア、南アジアでは、現実に石炭が重要な役割を占めているが、今回のエネルギー危機に直面して、石炭の重要性が再認識されていく可能性がある。脱炭素化の取り組み強化の際には、アジアでも脱石炭が重視され、石炭火力発電の新設停止だけでなく、既存石炭火力発電所の廃止などへの動きが示されていた。だが、厳しい国際エネルギー情勢の中で、石炭利用がエネルギー安定供給にとって重要であることの再認識が進みつつあるように思われるのである。

 最大の石炭利用国、中国などでは、石炭火力発電所の新設も進められている。中国では、EVの普及が急速に進み、その電力供給を再エネ発電の大幅拡大なども含めて増大させる「電力国家」への道が追求されている。しかし、2024年時点の中国の発電電力量構成を見ると、再生可能エネルギー発電のシェアは20%で、最大の発電源はシェア57%の石炭火力である。石炭火力が主体であればEV推進の脱炭素効果が限定される面もある。この点は、その他のアジアでも同様であり、今回のエネルギー転換促進の動因があくまでエネルギー安定供給確保である点は、今後のアジアのエネルギー需給の将来像を見る上で見逃せないポイントとなろう。

コスト上昇を受容できるか

 もう一つ、今回のホルムズ海峡危機を契機としたエネルギー転換推進が有する重要なインプリケーションは、EV、再生可能エネルギーなどの推進が加速化し、その中で最も価格競争力の高い供給オプションが重視され、結果として中国のクリーンエネルギーにおけるドミナンスが一層際立つことになる、という点である。

 クリーンエネルギー分野において、また、クリーンエネルギーオプションの製造に不可欠となるレアアースなどの重要鉱物分野において、中国の製造シェアの高さは圧倒的である。分野によってはシェア9割程度と、独占的な状況にあるほどの中国の高いシェアの根本的な要因は、その価格競争力の高さにある。

 クリーンエネルギー推進に向けたエネルギー転換を進めるとき、コスト増加をできるだけ抑えるためには、中国の供給力に依存する方向に向かうのはある意味で自然の流れとなる。しかしその場合、これから進もうとするエネルギー転換が行きつくところは、中東依存度あるいはホルムズ海峡依存度低下を図る取り組みから出発したものが、アジアにおいて、また世界において、中国への依存度を加速する結果につながることになるのかもしれない。

 戦略物資・技術の供給を特定の供給源に過度に依存することは、エネルギー安全保障の観点で決して望ましくはない。難しいのは、その特定の供給源の競争力が高いからこそ、これへの依存が高まっていることである。石油において中東依存度が高いのも、欧州がロシア産のガスに大きく依存していたのも、その競争力の高さが根本的原因に他ならない。

 クリーンエネルギーや重要鉱物分野でも同様であり、最も競争力の高い供給源から離れようとすれば、コスト上昇は避けられない。それを受容できるかどうかが、どの国においても問われることになる。

 しかし、エネルギー安全保障は、本来的に起こりうるリスク事象やそれによる大きな負の影響に対応するためのものである。現下の危機、ホルムズ海峡封鎖への対応を実施していく際にも、決して近視眼的になるのではなく、エネルギー・経済安全保障問題に対する総合的な目配りが重要になる。日本でも、アジアでも、その視点を忘れることは、結局将来に課題を残すことになりかねない。現在進行形の深刻なエネルギー危機に対応する上でも、俯瞰的・包括的な視野を持って、中長期の対応戦略を実施していくことが重要である。 (本連載は今回で終了します)

カテゴリ: 環境・エネルギー
フォーサイト最新記事のお知らせを受け取れます。
執筆者プロフィール
小山堅(こやまけん) 日本エネルギー経済研究所専務理事・首席研究員。早稲田大学大学院経済学修士修了後、1986年日本エネルギー経済研究所入所、英ダンディ大学にて博士号取得。研究分野は国際石油・エネルギー情勢の分析、アジア・太平洋地域のエネルギー市場・政策動向の分析、エネルギー安全保障問題。政府のエネルギー関連審議会委員などを歴任。2013年から東京大公共政策大学院客員教授。2017年から東京工業大学科学技術創成研究院特任教授。主な著書に『中東とISの地政学 イスラーム、アメリカ、ロシアから読む21世紀』(共著、朝日新聞出版)、『国際エネルギー情勢と日本』(共著、エネルギーフォーラム新書)など。
新潮Xへの統合について
  • 24時間
  • 1週間
  • f
back to top