だいぶ昔、私はこっそり宣言した。
「セロリで十枚!」
ある雑誌で毎回十枚(一枚四百字)のエッセイを連載していた頃である。ちなみに本誌の連載も一回十枚が基準である。なかなかの分量なのだ。まあ、食べ物など日常雑記のようなエッセイならまだなんとかなるが、そのときの通しテーマは「日本の文化」であった。私にはハードルが高い。回を重ねるにつれ、書くことがなくなった。
「もう無理です。書けないっす」
「いやいや、もう少し頑張りましょう!」
担当編集嬢との問答を繰り返す日々が続いた。とはいえ、わがままは言えない。安易に中断したらバチが当たる。追い詰められた私は、ふと思いついた。
「セロリで十枚!」
たとえば「セロリ」というテーマを与えられたとする。しかし野菜の中でセロリがいちばん好きとか、セロリに関する蘊蓄があるとか、そういうことは一切ない。そんな状況であったとしても、身体中の抽斗をひっくり返し、セロリでなんとか面白い一篇を書き上げるというのが、もの書きの端くれとしての義務であろう。義務というか、それがプロの技というものだ。
以来、私はこの言葉を座右の銘とし、「もう書くことがない!」と煮詰まったとき、自らを鼓舞するため唱えることにした。
「セロリで十枚書くつもりになれば、なんだって書けるはずだ!」
よりによってなぜ「セロリ」を思いついたのかは自分でもわからない。ただなんとなく、「セロリで十枚を書くのは難儀であろう」と思ったのである。書きにくいテーマの代表格のような気がした。だから未だにセロリで十枚のエッセイを書いたことがない。書けと注文されたこともない。そこで今回は、あえてセロリを主役にしてみようかと思う。
それにしてもセロリという野菜は難解である。料理に出てくる頻度として決して高いほうではない。しかも味に癖がある。独特の香りと苦味があり、加えて筋が多い。万人に好かれる野菜とは思えない。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。
