やっぱり残るは食欲
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セロリで十枚

執筆者:阿川佐和子 2025年12月11日
タグ: 日本
エリア: アジア
セロリという野菜は難解である(写真はイメージです)

 だいぶ昔、私はこっそり宣言した。

「セロリで十枚!」

 ある雑誌で毎回十枚(一枚四百字)のエッセイを連載していた頃である。ちなみに本誌の連載も一回十枚が基準である。なかなかの分量なのだ。まあ、食べ物など日常雑記のようなエッセイならまだなんとかなるが、そのときの通しテーマは「日本の文化」であった。私にはハードルが高い。回を重ねるにつれ、書くことがなくなった。

「もう無理です。書けないっす」

「いやいや、もう少し頑張りましょう!」

 担当編集嬢との問答を繰り返す日々が続いた。とはいえ、わがままは言えない。安易に中断したらバチが当たる。追い詰められた私は、ふと思いついた。

「セロリで十枚!」

 たとえば「セロリ」というテーマを与えられたとする。しかし野菜の中でセロリがいちばん好きとか、セロリに関する蘊蓄があるとか、そういうことは一切ない。そんな状況であったとしても、身体中の抽斗をひっくり返し、セロリでなんとか面白い一篇を書き上げるというのが、もの書きの端くれとしての義務であろう。義務というか、それがプロの技というものだ。

 以来、私はこの言葉を座右の銘とし、「もう書くことがない!」と煮詰まったとき、自らを鼓舞するため唱えることにした。

「セロリで十枚書くつもりになれば、なんだって書けるはずだ!」

 よりによってなぜ「セロリ」を思いついたのかは自分でもわからない。ただなんとなく、「セロリで十枚を書くのは難儀であろう」と思ったのである。書きにくいテーマの代表格のような気がした。だから未だにセロリで十枚のエッセイを書いたことがない。書けと注文されたこともない。そこで今回は、あえてセロリを主役にしてみようかと思う。

 それにしてもセロリという野菜は難解である。料理に出てくる頻度として決して高いほうではない。しかも味に癖がある。独特の香りと苦味があり、加えて筋が多い。万人に好かれる野菜とは思えない。

カテゴリ: カルチャー
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執筆者プロフィール
阿川佐和子(あがわさわこ) 1953年東京生まれ。報道番組のキャスターを務めた後に渡米。帰国後、エッセイスト、小説家として活躍。『ああ言えばこう食う』(集英社、檀ふみとの共著)で講談社エッセイ賞、『ウメ子』(小学館)で坪田譲治文学賞、『婚約のあとで』(新潮社)で島清恋愛文学賞を受賞。他に『うからはらから』、『レシピの役には立ちません』(ともに新潮社)、『正義のセ』(KADOKAWA)、『聞く力』(文藝春秋)など。
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