マクロンの核抑止演説と今後の課題――英仏・仏独の「核の連携」は多国間化されるのか

執筆者:合六強 2026年4月11日
エリア: ヨーロッパ
2025年12月には英国高官によるフランスの定例核演習「POKER」の視察も実現した[核攻撃を想定した模擬任務で空中給油を受けるフランス空軍のラファール戦闘機=2026年3月17日](C)AFP=時事
マクロンが2020年に行った核政策演説に対して欧州の反応は薄かった。その「戦略的自律」の強調が、対米関係およびNATOを揺さぶりかねないと見たからだ。しかし、ロシアによるウクライナ侵略の長期化、そして第2次トランプ政権の成立を経て、欧州の戦略環境は一変した。欧州で始まっている核の運用面での連携は、今回の演説で表明されたフランス核ドクトリンの進化によって、さらに勢いを得るかもしれない。

 2026年3月2日、エマニュエル・マクロン大統領は、フランスの核抑止力の一端を担う4隻の戦略原潜の母港であるイル・ロング基地において核抑止に関する演説を行った。フランスでは伝統的に、核ドクトリンを含む核政策は、大統領の言葉(演説)を通じて公表されるが、マクロンにとってこの種の演説は2020年2月に続いて2度目かつ任期最後の演説となった。

 従来、フランス大統領による核抑止演説は一部の専門家など限定的な関心しか集めてこなかった。しかし今回は様相が異なった。前回の演説から6年が経過するなか、ロシアによるウクライナ全面侵攻とトランプ政権の再登場によって、欧州、そして国際社会を取り巻く安全保障環境は大きく変容した。ロシアの脅威に対峙する上でNATO(北大西洋条約機構)の結束はこれまで以上に必要とされているが、第2次トランプ政権の欧州に対する敵対的な姿勢、またロシアへの融和的な姿勢を通じて、欧州では対米不信が広がっており、その影響は、戦後米国が同盟国に差し掛けてきた「核の傘」(拡大核抑止)の信頼性にまで及んでいる。こうしたなかEU(欧州連合)で唯一の核兵器国であるフランスの核抑止力への関心は必然的に高まり、マクロン演説に対する注目度も高かった。以下では、今回マクロン大統領が行ったイル・ロング演説に至る経緯を簡単に振り返り、演説の注目点を「核弾頭数の増加」、「『前方抑止』の導入」、「通常戦力の重視」という三点に絞って見ていきたい。

 

イル・ロング演説に至る過程で何が起きたか

 マクロンはすでに2025年3月5日の国民向けのテレビ演説において、「米国が我々の側にとどまり続けることを信じたいが、そうでない場合に備える必要がある」と述べたうえで、「欧州大陸の同盟国を守るためにわが国の抑止力を活用することについて戦略的議論を開始する」と表明していた。これは、同年2月末にホワイトハウスで展開されたドナルド・トランプ大統領とウクライナのヴォロデォミル・ゼレンスキー大統領の激しい応酬、そしてその後の米国によるウクライナへの武器・情報供与の一時停止という衝撃がなお冷めやらぬなかでの発言だった。

 もっとも欧州諸国への「戦略的議論」の呼びかけ自体は決して新しいものではなく、すでに2020年2月の核抑止演説においても同様の提案がなされていた。フランスにとって核兵器の目的は、国家の「死活的利益(intérêts vitaux/vital interests)」への攻撃を抑止することにあるが、その定義は意図的に曖昧にされており、最終的な判断はフランス大統領に委ねられている。他方、1960年代のド・ゴール期以来、その「死活的利益」には「欧州的次元(dimension européenne/european dimension)」が含まれるとされ、マクロンはこれまでこの点を繰り返し強調してきた。それは、欧州統合が広範な分野で進展するなか、他の欧州諸国の死活的利益が損なわれる状況下でフランスのそれだけが無傷でいられるとは考えにくいからである。

 しかし、2020年当時、こうした呼びかけに対する他の欧州諸国の反応は薄かった。背景には、欧州の「戦略的自律」を掲げるマクロンの提案に応じることで、対米関係、ひいてはNATOそのものを弱体化させかねないとの懸念があった。また当時は、マクロンがウラジーミル・プーチン大統領との対話を模索していた時期でもあり、中・東欧諸国を中心に、自らの頭越しに対ロ外交を進めるフランスに対する強い不信感も存在した。

 しかし、ロシアによるウクライナ侵略の長期化、そして第2次トランプ政権の成立を経て、状況は一変した。トランプ政権はこれまでのところ「核の傘」を撤去する方針を明示してはいない。だが様々な問題をめぐって米欧関係がかつてないほど悪化するなか、(フランスを含め)多くの欧州諸国は米国の関与をつなぎとめる努力を続けつつ、同時に将来的な米国の関与後退に備えた動きも見せている。そうした動きの一環として、米国の防衛コミットメントに不安を抱くドイツやポーランド、北欧諸国の指導者からは、25年3月のマクロンの「再提案」に対して前向きな反応が寄せられた。ロシア脅威の増大と米国の不確実性に加えて、マクロンの対ロ姿勢の硬化とフランスのNATO北東正面への軍事関与の拡大によってフランスへの信頼が回復しつつあることもまた、こうした変化を促した要因といえる。

 こうしたなかマクロンは2025年を通じて自国の核ドクトリンについて異例の頻度で言及してきた。また同年7月には、英国のキア・スターマー首相との間で、英仏間の核協力強化を謳う「ノースウッド宣言」を発表した。両国は1995年の「チェッカーズ宣言」以来、一方の死活的利益が脅かされるような状況において他方のそれが脅かされないことは考えにくいとの認識を共有してきたが、この宣言では「両国の対応を引き起こさないような欧州に対する極端な脅威は存在しない」というこれまで以上に踏み込んだ一文を盛り込んだ。つまり、英仏両国への脅威だけでなく、「欧州」に対する「極端な脅威」にも両国は共同で対応する意思を初めて明らかにした。また両首脳は、それぞれの核戦力の独立性を維持しつつその連携を強化するため、仏大統領府と英内閣府が主導する「核運営グループ(NSG:Nuclear Steering Group)」を創設した。その後25年12月にはその初回会合が開催され、それにあわせて英国の高官がフランスの定例核演習「POKER」を視察した。これは、外国の高官に対して仏核演習へのアクセスが認められた史上初の事例となった。こうして2つの欧州の核兵器国が核の運用面での連携強化に向けて動き出すなか、核を持たない欧州諸国の間では、マクロンが2026年初めに予定した演説で何を語るのか――とりわけフランスの核ドクトリンを新たな戦略環境にいかに適応させるのか――に注目が集まっていた。

フランス核ドクトリンのどこが進化しているのか

(1)核弾頭数の増加

 イル・ロング演説でまず注目すべきは、マクロンが核弾頭数の増加を表明し、今後その具体的な数を明らかにしないと述べた点である。

カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
合六強(ごうろくつよし) 二松学舎大学国際政治経済学部准教授 1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。同大学法学研究科助教などを経て、2022年4月より現職。政策研究大学院大学(GRIPS)客員研究員、日本国際問題研究所(JIIA)研究委員、東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)分科会委員も務める。専門は米欧関係史、欧州安全保障。著書に『ウクライナ戦争とヨーロッパ』(共著、東京大学出版会)、『核共有の現実ーNATOの経験と日本』(共著、信山社)、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛──INF条約後の安全保障』(共著、並木書房)、『防衛外交とは何か──平時における軍事力の役割』(共著、勁草書房)などがある。
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