2024年11月21日、ウクライナ空軍は、ロシアが南部アストラハンから大陸間弾道ミサイル(ICBM)一発をウクライナ東部の主要都市ドニプロに向けて発射したと発表した。史上初めてICBMが実戦で投入された可能性もあり、このニュースは驚きをもって伝えられた。しかし、ウラジーミル・プーチン大統領はその直後のビデオ声明でウクライナ側の発表を直ちに否定し、「実戦での実験」として使用したのは「オレシュニク」という新型中距離弾道ミサイル(IRBM)だったと明らかにした。今回のIRBMによる攻撃は、その二日前に核使用要件を緩和する「核ドクトリン」の改訂版をプーチンが承認したこととあわせて考える必要があり、その「狙い」はウクライナよりも欧州諸国にあったとみるべきだろう。
「中距離」ミサイルであることを強調
オレシュニクの性能についてはいまだ不明な点も多いが、当初情報が錯綜したように、これがICBMかIRBMかはその射程次第である。米ロ間では冷戦期以来、中距離ミサイルは射程500〜5500km、ICBMは射程5500km以上と定義されてきた。今回の発射直後には、専門家の間で「RS-26ルベージュ」が使われたのではないかとの観測が広がったが、米国防総省は21日の記者会見で、「ICBMのRS-26ルベージュを基にしたIRBM」の実験発射だと確認している。
RS-26ルベージュはかつて存在したINF(中距離核戦力)全廃条約との関連で「いわくつき」のミサイルである。1987年に米ソ間で締結されたINF条約は、500〜5500kmの地上発射型弾道ミサイル及び巡航ミサイルの生産、保有、飛翔実験を禁じていた。米ソ(ロ)は同条約に従い1991年5月末までに該当するミサイルを全廃、2001年にはすべて査察・検証を終えて最終的な条約履行を確認した。しかし、ロシアはその後、この条約の対象になりうるミサイルの開発を密かに進めた。オバマ政権は2014年に初めて、条約違反となる地上発射型巡航ミサイル(GLCM)の問題を公式に取り上げ、ロシア側に繰り返し条約遵守を求めたが、その姿勢が是正されることはなかった。こうしたなかトランプ政権は2019年2月、ロシアの条約不履行、そしてこの条約に縛られない中国による中距離ミサイル能力の増強を理由に条約破棄を正式に発表し、同年8月、INF条約は失効した。
この一連のプロセスのなかで、RS-26ルベージュは「グレー」な存在だった。というのも、2012年5月の発射実験の際に5800km飛翔したことで、米ロ間ではICBMと位置づけられたものの、その後の実験ではいずれも射程2000kmだったことから、専門家の間では長らくINF条約違反の可能性が指摘されていた。しかしINF条約がなくなったいま、ロシアはもはやこれが中距離ミサイルであることを隠す必要がなくなった。それどころか11月21日の声明においてプーチンは、今回使用したのが新型「中距離」ミサイルであることをむしろ強調している。
ウクライナ支援強化への報復と牽制
では、新型中距離ミサイルを実戦で使用した狙いは何だったのか。そもそもロシア領内からドニプロを攻撃するにあたって、「中距離」のミサイルを用いる軍事的な必要性はないことから、これにはいくつかの戦略的なシグナルが含まれていると考えるのが妥当であろう。
「フォーサイト」は、月額800円のコンテンツ配信サイトです。簡単なお手続きで、サイト内のすべての記事を読むことができます。