ロシアが新型IRBMで狙う「米欧離間(デカップリング)」とアジアへの含意

執筆者:合六強 2024年12月12日
エリア: ヨーロッパ
プーチンは、自国の中距離ミサイル開発を米国の「アジア太平洋への配備計画に対する対抗措置」としても位置づけている[新型IRBM「オレシュニク]の発射に成功したとテレビ演説で国民に伝えるプーチン大統領=2024年11月21日](C)EPA=時事
11月下旬にウクライナ東部へ向けて発射された新型「中距離」ミサイルには、長射程ミサイル使用をウクライナに認めた欧米への報復、および特にドイツの支援強化を牽制する意図が直接的には見て取れる。だがその上で想起すべきは、ソ連の中距離核ミサイルSS-20配備がきっかけで起こった1970年代半ば以降の「ユーロ・ミサイル危機」だろう。米本土を射程外に置き、西欧のみを射程に入れるSS-20の配備により、同盟国は米国の拡大抑止への不安と反核運動に揺さぶられた。プーチンはこうした「冷戦の亡霊」を呼び起こしつつ、欧州安全保障体制の“修正”を図っていると考えられる。そして米中「ミサイル・ギャップ」が焦眉の問題であるアジアにも、その戦略的意図は向けられている。

 2024年11月21日、ウクライナ空軍は、ロシアが南部アストラハンから大陸間弾道ミサイル(ICBM)一発をウクライナ東部の主要都市ドニプロに向けて発射したと発表した。史上初めてICBMが実戦で投入された可能性もあり、このニュースは驚きをもって伝えられた。しかし、ウラジーミル・プーチン大統領はその直後のビデオ声明でウクライナ側の発表を直ちに否定し、「実戦での実験」として使用したのは「オレシュニク」という新型中距離弾道ミサイル(IRBM)だったと明らかにした。今回のIRBMによる攻撃は、その二日前に核使用要件を緩和する「核ドクトリン」の改訂版をプーチンが承認したこととあわせて考える必要があり、その「狙い」はウクライナよりも欧州諸国にあったとみるべきだろう。

「中距離」ミサイルであることを強調

 オレシュニクの性能についてはいまだ不明な点も多いが、当初情報が錯綜したように、これがICBMかIRBMかはその射程次第である。米ロ間では冷戦期以来、中距離ミサイルは射程500〜5500km、ICBMは射程5500km以上と定義されてきた。今回の発射直後には、専門家の間で「RS-26ルベージュ」が使われたのではないかとの観測が広がったが、米国防総省は21日の記者会見で、「ICBMのRS-26ルベージュを基にしたIRBM」の実験発射だと確認している。

 RS-26ルベージュはかつて存在したINF(中距離核戦力)全廃条約との関連で「いわくつき」のミサイルである。1987年に米ソ間で締結されたINF条約は、500〜5500kmの地上発射型弾道ミサイル及び巡航ミサイルの生産、保有、飛翔実験を禁じていた。米ソ(ロ)は同条約に従い1991年5月末までに該当するミサイルを全廃、2001年にはすべて査察・検証を終えて最終的な条約履行を確認した。しかし、ロシアはその後、この条約の対象になりうるミサイルの開発を密かに進めた。オバマ政権は2014年に初めて、条約違反となる地上発射型巡航ミサイル(GLCM)の問題を公式に取り上げ、ロシア側に繰り返し条約遵守を求めたが、その姿勢が是正されることはなかった。こうしたなかトランプ政権は2019年2月、ロシアの条約不履行、そしてこの条約に縛られない中国による中距離ミサイル能力の増強を理由に条約破棄を正式に発表し、同年8月、INF条約は失効した。

 この一連のプロセスのなかで、RS-26ルベージュは「グレー」な存在だった。というのも、2012年5月の発射実験の際に5800km飛翔したことで、米ロ間ではICBMと位置づけられたものの、その後の実験ではいずれも射程2000kmだったことから、専門家の間では長らくINF条約違反の可能性が指摘されていた。しかしINF条約がなくなったいま、ロシアはもはやこれが中距離ミサイルであることを隠す必要がなくなった。それどころか11月21日の声明においてプーチンは、今回使用したのが新型「中距離」ミサイルであることをむしろ強調している。

ウクライナ支援強化への報復と牽制

 では、新型中距離ミサイルを実戦で使用した狙いは何だったのか。そもそもロシア領内からドニプロを攻撃するにあたって、「中距離」のミサイルを用いる軍事的な必要性はないことから、これにはいくつかの戦略的なシグナルが含まれていると考えるのが妥当であろう。

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カテゴリ: 軍事・防衛
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執筆者プロフィール
合六強(ごうろくつよし) 二松学舎大学国際政治経済学部准教授 1984年、大阪府生まれ。慶應義塾大学大学院法学研究科後期博士課程単位取得退学。同大学法学研究科助教などを経て、2022年4月より現職。政策研究大学院大学(GRIPS)客員研究員、日本国際問題研究所(JIIA)研究委員、東大先端研創発戦略研究オープンラボ(ROLES)分科会委員も務める。専門は米欧関係史、欧州安全保障。著書に『ウクライナ戦争とヨーロッパ』(共著、東京大学出版会)、『核共有の現実ーNATOの経験と日本』(共著、信山社)、『新たなミサイル軍拡競争と日本の防衛──INF条約後の安全保障』(共著、並木書房)、『防衛外交とは何か──平時における軍事力の役割』(共著、勁草書房)などがある。
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