モンロー主義のトランプ流「補論」で分断される中南米

Foresight World Watcher's 4 Tips

延期された米州サミットの新たな日程は決まっていない[国連総会に合わせて会談したマルコ・ルビオ米国務長官(右)とドミニカ共和国のルイス・アビナデル大統領=2025年9月24日、アメリカ・ニューヨーク](C)AFP=時事

 米トランプ政権は5日までに、国家権力の方向性を示す「国家安全保障戦略(NSS)」をまとめました。第2次政権では初めての策定です。

 年内にも国防総省も「国家防衛戦略(NDS)」を公表する見通しですが、こちらが脅威評価や軍の運用、同盟調整などの方向性を示す軍事部門の文書であるのに対し、NSSは外交、経済、技術、エネルギーなども含め、広く「国としての生き方」を語ります。NDSはNSSを受けて構築されます。つまりNSSは最上位文書です。そこに込められた政権の哲学は、どのようなものであるのでしょうか。

 ひとことで言うなら、それは「モンロー主義への“トランプの補論(Trump Corollary)”」です。NSSの中にそう宣言されています。

 1823年のジェームズ・モンロー大統領教書で表明された、欧州列強による西半球(アメリカ大陸)への干渉・植民を拒否し、米州の安全と秩序は米国が守るとする外交の基本原則が「モンロー主義」。20世紀に入り。そこにセオドア・ルーズベルト大統領が「ルーズベルトの補論(Roosevelt Corollary)」と呼ばれる拡大解釈を施しています。

 どう拡大解釈されたのか。当初のモンロー主義が「欧州の米州介入を拒むが、米国自身は不介入」という防御的姿勢であったところに、ルーズベルトは積極介入主義への転換を行いました。欧州の介入を防ぐために、米国が先に中南米の秩序維持に介入するのだという転換です。

 今回のNSSについては、トランプ版のモンロー宣言といった評をよく見かけます。確かに「アメリカ・ファースト」であり「西半球重視」でもあるのですが、読んでいるとこの補論の部分、つまり「アメリカ・ファースト」を実現するために中南米に介入するのだ、という要素も、かなり色濃く出ています。

 ただ、中南米諸国の反応は複雑です。今回は、12月に開催予定だった米州サミットの延期を受け、米「フォーリン・ポリシー(FP)」誌サイトに掲載された“介入される側”の反応に関する論考をピックアップしました。

 NSSの分析については、本誌もこれから専門家による論考を順次掲載予定です。とりあえず現時点で注目したポイントを1つ挙げておくならば、中国への言及がかなりマイルドだということです。

 前回(2022年)、バイデン政権期のNSSを特徴づけたのは、「最も重大な地政学的課題」「国際秩序を書き換える意図と能力を持つ唯一の競争相手」といった中国との構造的対立の強調でした。そうした文言が、今回はほとんど見当たらない。もちろん、今回のNSSでも中国が大きな存在感を持っていることは変わらないのですが、その扱いは覇権争いの相手というより修正可能な政策課題、いわば「経済的トラブルの相手」と見ている印象が強いのです。

 一方で、中国の軍事的脅威への対抗には、日本をはじめとするインド太平洋の同盟国の役割が強調されます。「われわれは、第一列島線のどこでも侵略を阻止できる軍事力を整備する。しかし、アメリカ軍だけでその任務を担うべきではないし、担う必要もない。/同盟国は、集団防衛のための支出を増やし――より重要なのは――行動を大幅に増やさなければならない。」(4章3節B[アジア])といった記述があります。

 他のピックアップ記事には、対米関係の悪化が指摘されるインド、中仏首脳会、英「エコノミスト」誌の皮肉たっぷりな「今年の言葉」など、フォーサイト編集部が熟読したい海外メディアから4本。

 皆様もよろしければご一緒に。

The U.S. Can’t Talk to Its Neighbors Anymore【Adam Ratzlaff, Diana Roy/Foreign Policy/12月4日付】

「ドミニカ共和国は11月3日、12月に主催する予定だった第10回米州サミットの開催を延期した。この発表は西半球関係の前途に暗雲を投げかけた。ラテンアメリカおよびカリブ海諸国の指導者が米国と集団的に対話する機会を提供するはずだったこの行事は、むしろ米国と地域との関係がいかに険悪であるかを象徴するものとなった」
「ドミニカ政府は地域対話を妨げる『深刻な意見の相違』を理由に挙げたが、これはおそらくカリブ海における米国による麻薬密輸船とされる船舶への攻撃の繰り返しや、米国によるベネズエラ介入の可能性に関する言及を指している。しかし、数十年続いてきたこのサミットの延期――漠然と2026年に先送りされ、新たな日程は設定されていない――は、トランプ政権の地域問題に対する強硬かつ大概は一方的なアプローチに起因する、米国とラテンアメリカの関係のさらに深い構造的機能不全を露呈している」
「この地域の多くの国々は、米国と対立するリスクを冒すより宥めることを望んでいるように見える。ドミニカ共和国でさえ、サミット延期を発表する際に、効果的なサミットの実現に向け米国と協力する姿勢を慎重に明記した。緊張が高まるにつれ、このイベントが完全に中止される可能性は高まっている」

 このように始まる「米国はもはや周辺諸国と対話できない」が米「フォーリン・ポリシー(FP)」誌サイトに登場したのは12月4日。トランプ政権によるNSSの発表より前なのだが、論考はモンロー主義への“トランプ補論(Trump Corollary)“だというNSSを予告するようなものとなっている。

カテゴリ: 経済・ビジネス 政治
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